シリーズ「あの人はなぜ死に急いだのか?スターたちの死の真相!」第10回

なぜ岡田有希子は「自殺」に追い込まれたのか?わずか18歳と8ヶ月の悲劇

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2010年以降、減少傾向が続いているが、自殺者の葬列は途切れない

 真相を知る者はない。しかし問いたいのは、自殺者の心に深く巣食う病理であり、岡田を死に招いた誘因の真相だ。

 2016年の日本人の自殺者は、警視庁の発表によると2万1764人。2015年の2万4025人より2000人以上減少している。自殺者数のピークは、2003年の3万4427人。2010年以降は減少傾向が続いている。だが、夥しい自殺者の葬列は途切れない。

 なぜ、人間は、自殺願望や希死念慮を抱き、死に急ぐのか? 高名な精神科医や心理学者の分析ではなく一市民の立ち位置から、自殺者の病理を見よう。

 結論は明白――。自己愛の放棄、自尊心の崩壊だ。自己愛も自尊心も食欲、性欲、自己成長欲と同じ本能だ。自己愛が滅失し、自尊心が崩落するほどの深い苦悩、煩悶、憂慮、厭世感に襲われない限り、自殺への自滅回路は見えない。

 岡田はどうだったか? 18歳。デビュー3年とはいえ、生き馬の目を抜く芸能界で未来を嘱望され、ファンの敬愛を一身に集める社会人。社会人ならば、理性、節度、自制心、他者への配慮や愛情を持たねば、生きられないのは明白だ。

 社会人としての矜持や謙譲心をすら失念するほどの残酷な試練や堪え難い逆境に直面したために、深い苦悩、煩悶の奈落に落ちたのなら、岡田の胸に巣食った深い病理を感じざるを得ない。感情の起伏が激しい「双極性うつ病」の兆候も取りざたされるが、思春期にありがちな「精神的な動揺」にすぎないかもしれない。

 自死が及ぼす社会への影響力、投身自殺による巻き添え事故、後追い自殺などに思いを致すことができないほどの制御し難い困惑した精神状態に支配されたため、無惨な自己不信、自己崩壊の暗黒面に堕ちたのだろうか? それとも、自己愛と自尊心の崩落を招き、自分を偽り、騙すという自己欺瞞性、盲目性、自己本位性に囚われすぎたために、理性のバリアが粉々に打ち砕かれたのだろうか?

投身までの空白の10数分

 このような病理に岡田を追い込んだ誘因は何か? その真因は何か? 推定を試みたい。

 岡田は、カネとイロ、強欲と汚辱にまみれた芸能界の暗黒に背を向けたかった。なりたい自分となりきれない自分との葛藤とジレンマに耐えきれなかった。我が身の至らなさ、欠点や汚点に失望し、自分を見限って終止符を打とうとした。失望と失恋の痛手、挫折と拒絶の苦悩、ゴシップとスキャンダルに傷つき疲れ果てていた……。

 投身までの空白の10数分はオフレコだが、その時、何があったのか。あくまでも仮定だが、このようなプロットはありえないだろうか?

 自殺未遂を犯した。警察沙汰になった。不祥事がマスコミに垂れ流れる。スキャンダルになり叩かれる。テレビ、ドラマ、映画、コンサートは、オールキャンセルになる。芸能プロの信用も収益も地に落ちる。社会の制裁は厳しい。経営危機に陥る。専属契約も破棄になる。アイドル生命も風前の灯火になる……。

 もちろん、自殺未遂直後の少女に辛辣な非難や手厳しい叱責だけが浴びせかけられたとは信じ難い。しかし、タレントは商品。商品価値がキズモノになれば、あっさりと切り捨てられるのは芸能界の常識だ。そのような重い現実を突きつけられるような差し迫った状況があったならどうか? 支えきれない失望感、押しつぶされそうな絶望感に苛まれ、いたたまれない衝動に駆られかもしれない。その挙句に、止むに止まれずに暴走した恐れは決して否定できないのではないか?

 繰り返すが、何ら根拠のない推定にすぎない。だが、自死に至った誘因は、以上の論考のどこかにに潜んでいるように見える。真相は岡田だけが知っているにしても。まだ18歳の少女。荷が重すぎたのではないか? 急ぐ理由はなかった。自分を振り返るまで待つ時間は十分にあった。燃え尽きるような熱愛の季節は必ず来ただろう。岡田の素直すぎたピュアな心が惜しまれてならない。

芸能界に入るのは私の夢を表現するためよ。カンヴァスが舞台に変わっただけよ!

 岡田有希子(佐藤佳代)。1967(昭和42)年8月22日、愛知県一宮市生まれ。愛称ユッコ。趣味は絵画。受賞や入賞も多い。

 名門、名古屋市立向陽高校に入学。1学期だけ通ったあと都内の堀越学園高校に転校。16歳。「スター誕生!」 で芸能界デビュー。「日本レコード大賞」最優秀新人賞など数々の賞を受賞。「第2の松田聖子」と騒がれる。

 死後、岡田の母が語った記事がある。岡田は、芸能界入りに猛反対する両親を説得する。

 「芸能界に入るのは私の夢を表現するためよ。カンヴァスが舞台に変わっただけよ!」

 パリの秋は肌寒いが、陽光はまばゆい。セーヌ川左岸。カルチエラタンを見下ろす丘に小さなアトリエ「ユッコ」がある。学生街、パンテオン、サン・ミシェル広場、サンジェルマン大通り、リュクサンブール庭園も朝霞の中に望める。オリーブの樹々が爽風に遊んでいる。

 あれから32年。50歳になった。ルノワール、シャガール、ピカソにも出逢えた。人生も絵筆も、もう急がない。ゆっくりと描きかけの自画像に走らせるに任せる。

 「ユッコはユッコ。佳代は佳代。幾つになってもね」

 衣装もフラッシュも喝采もいらない。絵筆とカンヴァスさえあれば。岡田有希子が18歳の「佐藤佳代」の素顔にいつしか帰っている。プライベートタイムに日がな浸りながら。自画像に満面の微笑みを讃えながら。
(文=佐藤博)

*参考:上之郷利昭『岡田有希子はなぜ死んだか』新森書房、『不可解な自殺をした者たち――岡田有希子』(芸能人犯罪 & 2012-09, p. 110)

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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