シリーズ「あの人はなぜ死に急いだのか?スターたちの死の真相!」第6回

大原麗子の死因は「不整脈による脳内出血」? 「ギラン・バレー症候群」と闘った62年の女優人生

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CM「すこし愛して、ながーく愛して」がヒット!

 大原麗子、本名・飯塚麗子。1946(昭和21)年11月13日、東京都文京区生まれ。血液型AB型。父は老舗和菓子屋「田月堂」を営む。ルーツを辿れば、赤穂藩主の浅野内匠頭の末裔にあたる( 特集 訃報・おくやみ / 大原麗子さんと健さんの秘話…三回忌法要で弟・政光さん明かす「スポーツ報知」2011年8月1日)。

 幼少時に父に殴られ、鼻骨の右に傷跡が残ったことを気に病み、後々まで写真の撮られ方を気にするが、8歳の時、父の浮気が原因で両親が離婚。母に引き取られたが、弟・政光は父の元へ。母子家庭のため生活は困窮したものの、母は大原をバレエ教室に通わせ、愛情を注ぐ。少女時代は、喧嘩っ早く、頼りがいのある姉御肌。真っ赤な夕焼け空に両頬を染め上げながら、未来を夢見ている。

 18歳、NHKテレビドラマ『幸福試験』で女優デビュー。19歳、東映入社。佐久間良子主演の『孤独の賭け』に初出演。高倉の『網走番外地』シリーズ、千葉真一主演作品の助演、梅宮辰夫の『夜の青春』シリーズをはじめ、不良少女、パンパン、汚れ役など幾多の難役を演じ切る。25歳、渡辺プロダクションに移籍後、 20代はNHK大河ドラマの悲劇のヒロインなどを次々と好演、評価が高まる。

 26歳、俳優・渡瀬恒彦と結婚。身籠ったが、子宮外妊娠のため死産、5年後に離婚。33歳、歌手・森進一と再婚。子どもを堕胎し、破局へ。森との結婚生活を振り返りつつ、「家庭に男が2人いました」と明かす。

 34歳、サントリーレッドのCM「すこし愛して、ながーく愛して」はおよそ10年間も続映され、しっとり・はんなりの色気を咲かす。映画『男はつらいよ 噂の寅次郎』でも、渥美清のマドンナ役に徹し、艶技(えんぎ)の妙を輝かせる。

 37歳、映画『居酒屋兆治』では、高倉にぞっこん惚れる神谷さよ役を迫真の熱演、物議を醸す。38歳、映画『おはん』で魔性の女を妖演。映画『男はつらいよ 寅次郎真実一路』の愛らしいマドンナ役が人気を博す。40歳、世田谷区成城に3億円の豪邸(建坪150坪、床面積260m2)を建て、68歳の母と同居。長年の夢を果たす。

 43歳、橋田壽賀子脚本の『春日局』が大河ドラマ歴代3位となる平均視聴率32.4%を稼ぎ、独自の芸境への道を拓く。春日局が臨終間際の徳川家康と語り合うシーンでは、脚本にない「女(おなご)は強うございますから」の台詞を書き加えさせる。46歳、NHKテレビドラマ『チロルの挽歌』に高倉の妻役で共演。ギャラクシー賞奨励賞を受賞。この作品を終生、「生涯の代表作」と自負している。

 56歳、最後のテレビドラマ出演は、夫だった渡瀬と共演した十津川警部シリーズ『東北新幹線「はやて」殺人事件』(2004年)となる。

毅然としている人、強い人、繊細な人、おとなしい人が好き

 躁鬱的な気質だが、決断は早い。短気だが、人望が厚い。頑固だが、義理堅い。繊細に見えるが、負けん気が強く、決して諦めない。思わず抱きすくめたくなる可憐さも、男をくすぐる母性愛も、しおらしい眼差しも、愛くるしい囁きも天性だろう。だが、幼少時の過酷な環境のためか、ファザコン気味は否めない。テレビ番組に出演した時、好きな男性のタイプを聞かれ、すかさずこう即答する。

 「毅然としている人、強い人、繊細な人、おとなしい人が好き。うるさい人は疲れます」

 62歳、左目の二重まぶたの整形手術を失敗。まぶたが腫れ上がったため、主演が決まっていた映画『天城越え』をあっさりと降板。その後、再手術を試みるが、自宅に引きこもりがちに。ギラン・バレー症候群が再発したと自覚したのか、芸能活動をすべてキャンセル。母親の介護や自分の療養のため、公の場に姿を見せないが、孤独を癒すためか、昼夜を問わず友人や俳優仲間に長電話をかけている。急死する5ヶ月前の3月頃、介護が必要になった91歳の母を介護施設に預け、一人暮らしを始める。

 「仕事って何でもそうでしょうけど自己闘争ではないでしょうか。自分との戦いでその辛さを支えてくれるのが褒められることだと思います。人間ってちょっと褒められるととても嬉しくなっちゃいます。また頑張ろうって」大原麗子

 2011年7月、『大原麗子 炎のように』(前田忠明・大原政光:監修)の出版に続き、2013年3月、テレビドラマ『大原麗子 炎のように』が内山理名の主演で放送される。2015年10月、高額であるため、死後6年間、買い手がつかなかった豪邸は、2億5000万円で売却。生前の大原の遺志通り、取り壊されず現存する。

 大原が死ぬほどに敬愛した高倉健は、2014年11月10日午前3時49分頃、悪性リンパ腫のため東京都内の病院で他界。享年84。「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」の遺言が発表される。

 しんしんと深まる秋の夜長、どこか場末の町角にぽっと灯った赤提灯。健さんの逞しい背中にもたれかかる、ほろ酔いの女がいる。人肌で、差しつ差されつ……。
(文=佐藤博)

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佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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