アダムス・ストークス症候群は「人工ペースメーカー」が命を救って来た
2人の聡明な名を冠したアダムス・ストークス症候群はどのような疾患だろう?
心臓は、右心房上部にある洞結節(右心房の壁と上大静脈の境にある三日月状の部位)に流れる微量電流の刺激によって収縮・弛緩を繰り返しながら、規則正しく拍動している。
だが、徐脈に伴う不整脈や頻脈が起きると、心臓が収縮・弛緩しなくなり、心臓から脳への血流量が急激に低下または停止するため、脳が虚血(低酸素)状態になる。
その結果、めまい、意識消失(失神)、痙攣、呼吸停止、チェーンストークス発作(交代性無呼吸)、昏睡、頭痛などを引き起こす。これらの病態の総称がアダムス・ストークス症候群だ。
徐脈は心臓の拍動数(脈拍数)が1分間60回以下の脈拍、頻脈は1分間100回以上の脈拍を指す。加齢に伴う心臓の線維化、冠動脈硬化、リウマチ、ウイルス感染などが誘因になる場合もある。
主な原因は、房室ブロック、洞不全症候群、心室細動(心室が小刻みに震える)、心室頻拍(心拍数が多い)などがある。房室ブロックが約50~60%、洞不全症候群が約30~40%を占める。
前者は、心房から心室への刺激伝導システムの異常によって心臓の伝導時間の延長や伝導の途絶が起きる状態(心房心室間の伝導ブロック)で、脈が遅くなる。後者は、洞結節の機能低下によって脈が遅くなり、脳、心臓、腎臓の機能不全に陥る状態をいう。
失神時に頭を強打し、二次的被害を受ける時があるため、症状が現れた時はすぐに横になるか座ることが必要だ。また、心臓停止に至り、突然死する恐れがあるので、早急な治療が望まれる。心電図検査を行い、病態の確定診断を行う。
アダムス・ストークス症候群は、不整脈によって生じた意識消失発作をすべて含み、不整脈の種類は問わない。不整脈の種類で治療法が異なるが、房室ブロック、洞不全症候群の治療は、意識消失発作を予防する人工ペースメーカーを植え込む。
また、心室細動や心室頻拍の再発が予想される時は、頻脈発生を電気的に停止する植え込み型除細動器を植え込む。
心拍数を増加させるdl-イソプレナリン塩酸塩をはじめ、セパゾン散、レスミット錠、ジアパックス錠、セルシン錠、ジアゼパム散などが処方される時もあるが、投薬だけでは完治は難しいとされる。
二人が夢見た人工ペースメーカーは1932年に登場
アダムスが初症例を発見してから190年の幾星霜。もちろんアダムスやストークスが聴診器に頼っていた時代に、人工ペースメーカーも植え込み型の除細動器もなかった。
アメリカの生理学者アルバート・ハイマンが史上初の人工ペースメーカーを手がけたのは1932年。手回しによって発電し、電気ショックを心臓に送って心筋を動かす体外式だったが、患者の苦痛は避けられなかった。
1950年代もチャレンジは続いたものの、かさ高く、商用電源のため停電時は停止するリクスがあり、しかも血流や血圧の状況に応じて電流や電圧を制御できなかった。その後に開発された水銀電池を使ったポータブル体外型も、体内植込み型も、2年ごとに電池を取り替える大掛かりな手術が患者に大きな負担だった。
1960年代にプルトニウム238の原子力電池による植込み型ペースメーカーが発明された後、1970年代初頭にはリチウム電池による植込み型ペースメーカーの完成につながった。
リチウム電池は原子力電池よりも短命だが、水銀電池よりも長期間にわたって電力を安定供給できることから、現在も植え込み型の主電源となっている。さらに2005年には、血液中のグルコースで発電する酵素型バイオ燃料電池も実用化された。
アダムスは1872年に81歳で逝去。ストークスは1878年に74歳で死去している。アダムスもストークスも、刻々と進化し続ける21世紀の医療シーンを目にしたなら、腰を抜かすかもしれない。
(文=佐藤博)
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。