シリーズ「病名だけが知っている脳科学の謎と不思議」第1回

パーキンソン病の発見者は誰? 19世紀初頭に活躍した孤高の外科医によって研究がスタート

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パーキンソン病の名づけ親は誰?

 しかし、『振戦麻痺について』の観察記録は誰にも顧みられることなく、ジェームズの死後30数年間、ロンドン外科医協会のほの暗い書庫で眠っていた。

 1860年、ウィーン大学医学部教授のヨハン・フォン・オッポルツァーは、72歳の男性の検視解剖を行ったところ、神経を圧迫していた連結組織が延髄に過剰に残存している事実を初めて突き止める。

 1876年、オッポルツァーの研究に刺激されたフランスの神経科医ジャン・マルタン・シャルコーは、ホコリを被っていた『振戦麻痺について』の観察記録を書庫から見つけ出し、振戦麻痺をパーキンソン病と名づける。

 シャルコーは後年、シャルコー・マリー・トゥース病の名づけ親にもなり、神経学や心理学の進展に多大な影響を後世に伝えた傑出した科学者だ。

 その後もパーキンソン病の病理研究は、手探りながら一進一退で進む。

 1913年、ドイツの神経学者フレデリック・レビーは、神経細胞内のタンパク質封入体(レビー小体)を初めて発見。1919年、ロシアの神経病理学者コンスタンティン・トレティアコフは、パーキンソン病の病因は、中脳の黒質にあると公表する。

 1949年、副交感神経遮断剤のスコポラミンや抗コリン薬のトリヘキシフェニジルが治療に投入される。1950年代後半、大脳基底核にある線条体のドーパミンの低下が報告されてからは、神経伝達物質のレボドパを使った臨床試験もスタート。投薬の有効性が少しずつ明らかになる。

パーキンソン病患者の血液細胞からiPS細胞を作製・保存できる技術の開発に成功

 パーキンソン病は、脳幹に属する中脳の黒質と大脳の線条体に異常を来して発症する。黒質に異常が起きると、正常な神経細胞が減少するため、神経伝達物質のドーパミンの量が低下し、黒質から線条体への情報伝達経路が阻害される。

 その結果、姿勢の維持や運動の速度調節がコントロールできにくくなるので、震え、こわばり、動作や姿勢の障害につながる。便秘、排尿障害、立ちくらみ、発汗異常などの自律神経症状やうつ症状を伴う場合も少なくない。

 日本では難病(特定疾患)に指定され、患者は約15万人と推定される。40歳以上の中高年の発症が多く、特に65歳以上の発症率が高い。

 パーキンソン病は、完全に解明されてはいない。ところが、2016年2月、一条の光明が差し込んできた。順天堂大学医学部脳神経内科、ゲノム・再生医療センターと慶應義塾大学医学部生理学教室の研究グループは、パーキンソン病患者3000人の血液細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を効率よく作製・保存できる技術の開発に成功。

 4月以降に世界初のiPS細胞バンクを本格的に立ち上げることになった。

 難病と再生医療の研究がコラボするiPS細胞バンク――。このプロジェクトが実現すれば、根本的な治療法がないパーキンソン病の病態の解明や治療薬の開発に結びつく可能性がある。大いに期待したい。

*参考文献:『アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語』(ダウエ・ドラーイスマ/講談社)


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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