DNA鑑定秘話 第14回

冤罪の可能性が高かった「飯塚事件」死刑執行が急がれたのはなぜか?

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 死刑確定後、わずか2年。最大の疑惑は死刑執行だ。

 2008年10月17日、足利事件の冤罪を晴らすためにDNA再鑑定が報道される。だが、その1週間後の10月24日、森英介法務大臣(当時)が久間元死刑囚の死刑執行を発令した。飯塚事件の再審請求準備中の10月28日、死刑求刑からわずか2年余りという異例の早さで死刑が執行された。なぜか?

 死刑執行1年後、2009年10月28日、久間元死刑囚の遺族は、福岡地裁に死後再審を請求。再審請求では、足利事件のDNA再鑑定を行った鈴木廣一大阪医科大学教授による鑑定書が新証拠として提出された。

 2014年3月31日、福岡地裁は、確定判決における事実認定について合理的な疑いはない、弁護人が提出した証拠は明白性が認められないことを理由に再審請求を棄却。4月3日、飯塚事件弁護団は、福岡高裁に即時抗告した。

 足利事件弁護団の笹森学弁護士は、「飯塚事件のDNA鑑定は、足利事件と同じ手法で鑑定精度が極めて低い。飯塚事件も、足利事件と同じように冤罪の可能性が高い」と指摘する。

 科警研とは別に、飯塚事件のDNA鑑定を行った石山昱夫(いくお)・帝京大名誉教授(法医学)は「当時の科警研の鑑定はずさん。警察が持ってきた試料(血液)は、糸くずにほんの少しくっついた程度の微量。しかも緑に変色して腐っていた。ミトコンドリアのDNA鑑定をしたが、女児二人の型だけで、久間元死刑囚の型は検出できなかった。もともと試料は大量にあったのに、鑑定技術が未熟だから、科警研はムダに使い切った。こんな鑑定は通用しない」と法廷で証言した。

 足利事件では、東京高検の検察官は、DNA鑑定の不正確さを究明するために、再鑑定を求める意見書を出していた。だが、久間元死刑囚の死刑執行について、法務省は「個別案件については回答できない。記録を十分精査、検討して刑の執行停止や再審事由の有無などを慎重に検討した上で執行している」と答えた。

「強硬に死刑執行した、国の責任は重い」

 村井敏邦・龍谷大法科大学院教授(刑事法)は「死刑執行の段階で、事件当時の鑑定法に問題があることは常識。科警研の研究結果も法務省は熟知していたはずだ。強硬に死刑執行した、国の責任は重い」と強調する。

 2007年8月、久間元死刑囚は「真実は無実であり、これはなんら揺らぐことはない。私は無実の罪で捕らわれてから拘置所に14年収監されている。今年(2008年)の1月9日で70歳になった」と話していた。

 死後再審を進めている飯塚事件弁護団主任弁護人の岩田務弁護士は「2008年9月に久間さんに会いに行ったとき、再審請求の話をしたらとても喜んでいた。その1カ月後に執行とは......」と言葉を詰まらせた。

 久間元死刑囚は、一貫して無実を訴え、再審請求を願っていた。死刑確定後2年という短期間の執行は、再審請求の機会を奪う非人道的な行為で断じて許せない。物的証拠の信頼性も脆弱そのもので、冤罪の可能性が極めて高い事件だ。

 疑わしきは罰せず。疑わしきは被告人の利益に。これは、人類が手にした刑事裁判の基本原則だ。刑事裁判は検察が挙証責任を負うが、被告人が不利な内容について被告人が合理的な疑いを提示できた場合は、被告人に有利に(検察に不利に)事実認定をする。刑事訴訟法336条は「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」と定めている。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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