知れば知るほど謎が深まるデニソワ人のミステリー!
一方、マックス・プランク進化人類学研究所のスザンナ・ソーヤー氏が率いる研究チームは、2本目の臼歯のミトコンドリアDNA(mtDNA)を解析し、放射性炭素年代測定を行った。DNA解析の結果、デニソワ人のDNAであることを確認した。
このDNA解析によって、3人類が共有する共通祖先のミトコンドリアDNAを復元することも、ゲノムの突然変異率から生存年代を推定することも可能になった。つまり、古い年代のデニソワ人ほどゲノムの突然変異率は低いので、2本目の臼歯は、1本目の臼歯や小指の骨よりも、およそ6万年も前に生きていたデニソワ人の臼歯だったことが分かったのだ。
中東を経てアジア内陸部に移動したデニソワ人は、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人と同じ時空間に生存していたことは、ほぼ間違いない。
しかし、そのミステリーはまだ深い――。放射性炭素年代測定では、デニソワ人の化石は、およそ5万年以上前ということしか分からない。ホモ・サピエンスは、およそ50万年前にネアンデルタール人とデニソワ人から枝分かれしたと考えられるが、ミトコンドリアDNAの解析によれば、ネアンデルタール人とデニソワ人は近縁でないかもしれない。デニソワ人の容貌や体格も文化的な思考レベルや行動様式も、言葉を知っていたかも、すべて謎のベールに包まれている。
ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの人類学者マリア・マルティノン・トレス氏は、「ホモ・サピエンスは、およそ10万年前に中国に到達していた。今後、アジア各地からデニソワ人の化石が出てくる可能性が高い。中国湖南省の石灰岩洞窟(鍾乳洞)で発見された8万~12万年前の47本の歯の化石は、デニソワ人の臼歯によく似ている。デニソワ人は、人類大移動というグレート・ジャーニーのドラマを根底から覆すかもしれない」と期待を込める。
ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人やデニソワ人と交流しつつ、異種交配(性交渉)を繰り返し、適者生存に有利なDNAを獲得した。ネアンデルタール人からは、ホメオスタシス(恒常性)や免疫力を、デニソワ人からは、チベットのような低酸素の高地でも自活できるタフネスを受け継いだ。
日本人にも静かに脈々と流れるネアンデルタール人やデニソワ人の血脈、そのDNAには、3人類の共存と闘争と異種交配(性交渉)の生々しいサバイバル・ストーリ—が刻まれている。そう、あなたのDNAにも。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。