被害者の身元は割れた。だが、犯人を特定できる確たる証拠は出ない。
警視庁は、聞き込みで状況証拠を掻き集める。5月20日、殺害現場に隣接する粕谷ビル401号室に住むゴビンダ・プラサド・マイナリ容疑者(30歳)を強盗殺人容疑で逮捕。ゴビンダ容疑者は、犯行を一貫して否認した。
2000(平成12)年4月14日、東京地裁は、現場から発見された体毛はゴビンダ容疑者の体毛か第三者の体毛かを解明できない、犯行時に第三者が現場にいた可能性も否定できないという理由から、無罪判決を下す。
しかし、12月22日、東京高裁は、現場に残された使用済みコンドームに付着した精液と体毛のDNA鑑定の結果などの状況証拠を理由に、無期懲役を求刑。ゴビンダ容疑者は「神様、ぼくはやってない」と叫んだ。
2003年(平成15年)10月20日、最高裁第三小法廷は、上告を棄却、無期懲役の有罪判決が確定する。2005年(平成17年)3月24日、収監されたゴビンダ容疑者は、獄中から東京高裁に再審を請求した。
再審請求から6年――。2011年(平成23年)10月21日、東京高裁の再審請求審では、東京高検が新たに行ったDNA鑑定の結果、被害者の陰部や胸から採取した精液、体毛、唾液は、ゴビンダ容疑者のDNA型や血液型と一致せず、別人のDNA型だったと判明する。弁護側は、事件当日、ゴビンダ容疑者以外の第三者が被害者と関係をもった可能性が高いと主張。東京高裁は、この鑑定結果を「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」と認めた。
2012年(平成24年)6月7日、東京高裁は、刑の執行停止を決定。ゴビンダ容疑者は、即日釈放された。
10月29日の再審初公判で、検察側は「ゴビンダ容疑者以外が犯人である可能性を否定できない」と無罪を主張、結審。11月7日、東京高裁は、無罪判決を下し、ゴビンダ容疑者の無罪判決が確定。2013年5月、刑事補償法に基づく刑事補償金およそ6800万円(1日当たり12500円)が支払われた。
真相も真犯人も闇に隠れたまま......
東電OL殺害事件は、殺害現場に残された使用済みコンドームや被害者の体内や胸に付着した精液、体毛、唾液が唯一の状況証拠だった。
だが、多くの冤罪事件で指摘されるように、違法な捜査、検察側の証拠隠蔽、DNA鑑定の低精度などの問題がある。検察は、被害者の胸から第三者の唾液が検出されていたのに、証拠開示しなかった。この唾液の血液型は、ゴビンダ容疑者のB型と異なるO型だった。
被害者は不特定多数の男性と性交渉をもっていた。被害者の陰部や胸に精液や体毛がいつ付着したかは判然としない。新たなDNA鑑定で見つかったDNA型を持つ人物は、警察の犯罪者DNAデータバンクに実在しない。逮捕から15年、ゴビンダ容疑者は晴れて自由を得た。
しかし、「売春婦・渡邉泰子」が殺害されたのはなぜか? 「東電エリート社員・渡邉泰子」が絞殺されたのはなぜか? その真相も、真犯人も闇に隠れたままだ。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。