味も匂いも脳に情報が集まる
風邪をひいたり、鼻炎になったりして、食べ物の味がわからなくなったことは、誰もが一度は経験したことがあるだろう。一方で、料理の美味しそうな匂いを嗅げば、条件反射で自然とお腹が鳴る。
こうした嗅覚と味覚の関係を利用した製品づくりは、20世紀から盛んに行われている。香料の化学的な工業生産が可能になり、いまや「フレーバーデザイナー」という職種もあるほどだ。
嗅覚と味覚はまったく別物のはず?
一般に「味覚」というものは、医学的には「化学感覚」と呼ばれる。"味"は舌の味受容膜で受け止められ、味覚神経(味神経)を通り脳へ信号伝達される。舌にはそのほか、温度を感じる受容器や痛覚などのある機械受容器もあり、三叉神経に通じている。味覚は、甘味・酸味・塩味・苦味・うま味の5種類に大別される。
一方、匂いは嗅神経の担当だ。鼻腔にある「嗅球」という器官で受け止められ、嗅神経、三叉神経などを刺激しながら大脳に信号が送られる。ヒトは匂いを約1万種類ほど嗅ぎ分けられるといわれている。
こうして私たちは日々、5種類の味と1万種類の匂いの掛け合わせの中で暮らしているわけだ。
味も匂いも、大脳側頭葉の奥にある扁桃体や前頭葉などに情報が集まる。このとき、「この匂いはこの味」というように関連付けて学習する。この「匂い・食事の連合学習」は乳幼児期から始まり、毎日情報が蓄えられていく。
最新の研究では、「食後の睡眠時に嗅覚の感覚細胞ができる」という報告がある。スペインでいまも続く「シエスタ(昼食後の昼寝)」の習慣は、感覚を磨く上でも重要なのかもしれない。
世はまさに香りの時代、香料はさまざまな分野で使われている。ビールやアイスクリームにも使用されるため、香料メーカーはこれから夏に向けた繁忙期となる。
また、周囲の人に不快感を与える体臭や香料などが「スメハラ」として話題に上るほど、消臭や香りの問題は根深い。一方では、「香りと味の連合学習」を逆手にとった製品開発が進められている。
苦みを甘味に変える不思議な技
味覚のひとつ「苦味」は"毒"を表すことが多い。生理的な直感で「危険」だと信号を発する。だが、薬の場合は少し複雑だ。昔から「良薬は口に苦し」といわれ、効く薬ほど苦くて当たり前と考えられてきた。
しかし、そんな言葉もいまや死語だ。いくら効果があっても、苦くては患者が服薬しない。現在では、糖衣錠などさまざまなコーティングが施されている。
薬効成分を高分子の物質で丸ごと包みこむことを「物理的マスキング」、香りなどをつけることを「官能的マスキング」と呼ぶ。これらの技術を用いて実際にチョコレートやヨーグルトの風味をつけた錠剤が処方されている。
「薬は苦いもの」という先入観をもつ患者は、チョコの香りだけで甘く感じる。甘味料などは入っていないにもかかわらず、カカオの香料で脳がそう判断するのだ。ひょっとしたら、苦い薬を飲んだことのない世代は、とくに驚きはないかもしない。
(文=編集部)