DNA鑑定秘話 第21回

DNA鑑定秘話〜「松山事件」は致命的な虚偽鑑定が冤罪を生んだ!

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 松山事件でも、これまで取り上げてきた3つの冤罪事件と同様に、冤罪事件の温床となった犯罪的な要因があることに気づかされる。

 第1に、見込み捜査による違法な別件逮捕だ。初動捜査は難航し、迷宮入りかと思われた。警察は素行不良者として斎藤さんに目を付ける。10月下旬、斎藤さんは、家族に上京して働くことを告げ、勤務先に名前・経歴を偽りなく申告して就職する。12月2日、警察は、上京を高飛びと誤断し、松山事件と全く関連のない単純傷害事件の容疑で斎藤さんを逮捕。その直後から、放火・強盗殺人の容疑で厳しい取調べを続行。再審無罪判決は、上京は高飛びではない、警察は素行不良者対する予断と偏見に基づいて見込み捜査を行った結果、違法な別件逮捕に踏み切ったと断定した。

 第2に、自白強要と自白誘導だ。警察は、別件逮捕の直後から連日、過酷な取調べを行い、斎藤さんに自白を強要。さらに、逮捕の翌日から1週間、斎藤さんは前科5犯の人物と同じ留置場に入れられる。この人物の口車に乗せられ、取調べの苦痛から逃れるために、12月6日、やむなく犯行を自白した。

 再審無罪判決は、この同房者は警察のスパイであると判断したうえで、同房者が「自白すれば刑が重くはならない。5、6年の刑ですむ。警察の留置場より拘置所や刑務所の生活の方が快適だ」などと自白するように誘導した結果、自白につながったと指摘。自白には、秘密性のある供述がほとんどなく、自白の信用性は乏しいと認定した。

 第3に、誤った血痕鑑定だ。有罪判決の根拠は、掛布団の襟当ての血痕群だった。三木敏行教授と古畑種基教授の血液鑑定は、掛布団の襟当てに被害者と同型の血液が付着していると発表。仙台高裁は、掛布団の襟当に付着していた血液は、返り血を浴びた頭髪を介して付着したと認定した。

 しかし、再審無罪判決は、血痕群が頭髪を介して付着するのは不自然で、押収当時に掛布団の襟当てに血痕群が付着していた点も疑わしく、押収以後に血痕群が付着したと推測できると判断。三木・古畑鑑定は、斎藤さんの有罪を証明できないと認めた。その後、斎藤さんが国に誤判の責任を問う国家賠償訴訟は、掛布団に付着した襟当ての斑痕は生活汚斑であり、三木・古畑鑑定は誤鑑定(虚偽鑑定)と公表した。

 第4は、警察による証拠隠蔽だ。被疑者を有罪にするために、都合の悪い無実の証拠を警察が隠すのは、冤罪事件の常套手段。斎藤さんの自白では、「犯行の返り血でズボンやジャンパーがヌルヌルした」となっている。警察は、事件直後に血液鑑定を行い、着衣に血痕の付着がない事実を知りながら、死刑判決が出た第一審に、血液鑑定書をあえて提出しなかった。弁護団の強い要請で、第二審の結審に提出されたが、仙台高裁は、「犯行直後、被告人が溜池で洗ったり、その後も洗われているので血痕が付着していない」と、警察に都合の良い判断に固執した。

 しかし、複数の法医学者が実験を重ね、血痕反応は洗濯などでは消失しないことを実証。再審無罪判決は、「ズボン、ジャンパーには多量の血液は付着していなかった蓋然性が高い」と明白に認定。弁護団は、警察がズボン、ジャンパーに血痕反応がないことを十二分に知りながら、事実を故意に隠蔽したと厳しく批判した。

 第5に、審理を十分に尽くさなかった裁判所の怠慢と責任だ。斎藤さんの自白の通りに着衣に返り血が付着したなら、一度や二度洗濯しても血痕反応は消えないのは、法医学の観点から明らかだった。ところが、死刑判決を支持した仙台高裁は、予断によって重大な事実を見逃した。十分な審理を尽くさなかった裁判所の重大な過失責任は、断じて免責されない。

 逮捕から24年間、地裁、高裁、最高裁、第1次再審で誤判・誤審が繰り返された。死刑判決から再審無罪を勝ち取るまでの27年間、斎藤さんは死刑の恐怖と闘い続けた。無実を示す証拠の隠匿は絶対に許されない。警察、検察は、捜査によって収集した証拠をすべて開示しなければならない。さらには、公訴時効は成立しているとは言え、冤罪事件の陰に隠れた真犯人の究明も怠ってはならない。

 罪刑法定主義。疑わしきは被告人の利益に。立憲民主主義に根ざす法治国家ならば、警察、検察庁、裁判所は、身を挺して冤罪事件を阻み、被疑者や国民の人権を遵守するために献身しほしい。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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