DNA鑑定秘話 第1回

DNA鑑定秘話~O.J.シンプソン妻殺しの真犯人は誰? 人種問題とDNA鑑定

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DNA鑑定は、570億分の1の確率でクロ、陪審員12人全員がシロ。オセロの真偽は?

 事件の2年前、ロス暴動があった。黒人男性ロドニー・キングが白人警官4人から暴行を受け、警官は白人住民の多いシミ・バレーで裁判を受けて無罪放免。怒った黒人住民が憤然と立ち上がった。こうした背景があったため、人種差別が争点になることを恐れ、白人でも黒人でもない日系人ランス・A・イトウが裁判官に選ばれ、シンプソンに対する刑事裁判は1995年1月24日に開廷した。

 検察は、白人優位のサンタモニカを避け、裁判管区をロサンゼルスのダウンタウンに移す。陪審員12人は、黒人8人、中南米系2人、白人1人、白人とインディアンの混血1人の黒人絶対多数。検察は、シンプソン有罪でも、死刑を求刑しないと宣言。弁護団は、ロバート・シャピロを筆頭に、DNA鑑定の専門家2人を含む11人。いずれも高名な弁護士たちが名を連ねた。

 主席検事は名実ともに敏腕のマーシャ・クラーク。山ほどある物的証拠と状況証拠。勝訴は読めた。弁護団の戦略は、白人の支配する司法システムの犠牲になった黒人被害者の救済。だが、シンプソンは白人女性と結婚しただけでなく、白人社会を尻目にのし上がり、名声を挙げた紛れもない黒人成功者だった。

 検察側はニコールへの執拗な脅迫、殺害推定時刻 (午後10時15~20分)のアリバイなし、凶器のナイフ購入、PCR (ポリメラーゼ連鎖反応) 法によるDNA鑑定の結果、シンプソンのDNA型がすべて一致など。数々の歴然たる事実からシンプソンを真犯人と主張。シンプソン以外の他人が偶然一致する確率は、570億分の1だった。

 ちなみに、PCR法は、微量のDNA断片からDNAのコピーを短時間で大量に得られる分析法。合成酵素連鎖反応ともいう。20回の反応の繰り返しで100万個以上のDNAのコピーを入手できるため、個人識別、親子鑑定、遺伝病診断、犯罪捜査などに活用されている。

 一方、弁護団はシンプソンの無罪を一貫して主張。新しいガールフレンドがいる。殺害推定時刻の午後10時50分過ぎに帰宅してアリバイがある。凶器は発見されていない。警官がシンプソンの血液を現場にばらまいた。すべては、警察の捜査ミスと人種差別主義者の刑事のでっちあげである、とした。

 結果、1995年10月3日、陪審員12人は全員一致でシンプソン無罪を評決した。

 1996年10月23日、ニコールとゴールドマンの遺族が慰謝料請求の民事裁判を提起。1997年3月10日、シンプソンに850万ドルの補償賠償支払命令と2500万ドルの懲罰賠償支払命令。家財道具が差し押さえられる。

 刑事裁判と民事裁判の違いは、立証責任の有無だ。刑事裁判は検察が有罪を100 %証明しなければならない。民事裁判は有利な証拠を握ったほうが勝つ。さらに陪審員制度は、刑事裁判では全員一致で評決するが、民事裁判では多数決で結審する。血にまみれた猟奇事件は、陪審員の人種のバイアスによって評決される陪審員制度の正義を問う事件でもあった。

 DNA鑑定の結果は、シンプソンのクロを指し示す。DNA鑑定が精確でも、現場の捜査・証拠の採取が警察による偽装なら、公正な判断は不可能だ。ただ、多数の証拠を一部の警官だけが偽装したとは考えにくい。最先端のDNA鑑定も、人種問題の前では無力なのだろうか。
(文=佐藤博)

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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