連載第1回 ありがとうの心が通う、幸せ介護食

食べる楽しみが増す、栄養がたっぷり介護食とは

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冷めにくいので口に入れたときにやけどに注意を

 要介護となった私の母の一番の楽しみは、食べること。母と家族のために作った料理とともに、介護中のエピソードをご紹介しよう。
 
 数年前の秋、同居中の母が突然、脳梗塞で倒れた。医師に「2、3日の命です」と言われたが、にわかには信じられない。というのも前日まで何事もなく普通に過ごしていたからだ。
 
 母は奇跡的に命を取りとめ、半身不随にもならずに済んだものの、言葉がうまく出せず、飲み下しにくくなる嚥下障害を起こしていた。

 一般病棟に移って、一般病棟に移って最初の食事らしきものが、ジュースとおもゆ。スプーンを囗に運んで飲ませようとしても、むせてなかなか飲めない。気管に入ると誤嚥性肺炎を起こして命を落としかねないと言われ、食事の介助をする私は毎回ドキドキ。飲み下す練習は、1カ月ほど続いた。

 上手に飲めるようになると、次はミキサーでドロドロにした流動食。2週間ほどで食べられるようになると、今度は刻み食。見事なまでに細かく刻まれていて、それが何なのか、さっぱりわからないほど。

 最初のうちはまだもうろうとしていた母だが、頭がしっかりしてくると、「何を食べているのかわからないし、おいしくない」と不満げ。私は「退院したら、お母さんの好きなものを作るから」と言いながら、その日まで刻み食を母の口に運んだ。

 退院後初の食事は、約束どおり、母の大好物のマグロの刺し身とアボカド合わせ。満足そうに食べた。

柔らかく、飲み込みやすくするための創意工夫

 母が退院して自宅に戻ってきたその日から、私の在宅介護生活が始まった。母の要介護度は3。服もうまく着られず。トイレにも一人では行けない。そればかりか、身の回りのことがほとんどできなくなっていた。母の介護に専念するため、私は自宅で開いていた料理教室を閉めざるを得なかった。
 
 早速、ケアマネジャーにプランを立ててもらい、介護保険を利用しながらの生活がスタート。想像していたよりはるかにたいへんな介護にうまくやっていけるだろうかと、初めはくじけそうになることも。

 元気だった頃の母は自由に外出し、ときには自室にある小さな台所で好物を作って食べていた。それが何もできなくなってしまって......。一番つらい思いをしているのは本人のはず。そう考えると、「せめておいしいものを作って、食べてもらいたい」と思うようになった。

 介護食作りで私が最も気を配ったのは、食材を柔らかくして飲み込みやすくする点。もともと歯が悪い母は、硬いものが苦手。退院後は、噛む力がより衰え、さらに嚥下障害も残っている。そのため、とろみをつけたり、煮物やおひたしなどは汁気を多めにしたりして、喉に詰まらないよう工夫をした。

 11月に入ってまず作ったのが「カブとカニのくず煮」。カブは旬の食材でおいしい上、すぐに柔らかくなるので、忙しい介護生活では何かと重宝する。

 とろみがついているので冷めにくく、スルリと喉を通る。また、食べやすいようにカブはひと口大に切った。この大きさなら食材が何かわかるので、安心して口に運べるのだ。母は「家の料理はおいしいね」とうれしそうだった。

「カブとカニのくず煮」の作り方

1.カブを柔らかく煮てカニを散らす。
2.かたくり粉で程よくとろみをつける。
3.仕上げにユズと茹でたカブの軸を散らす。

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横田節子(よこた せつこ)
家庭料理、介護食研究家。1953年大阪生まれ。2000年秋、同居中の実母が脳梗塞で倒れ、介護のため、自宅での料理教室を閉鎖。2005年、母の介護中、母が食べる様子をヒントに『介護しながら作る介護食』(日本経済新聞社)を出版。同書の出版以来、介護食に関する講演、講習会、取材が多数。
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横田節子(よこた・せつこ)

家庭料理、介護食研究家。1953年、大阪生まれ。2000年秋、同居中の実母が脳梗塞で倒れ、介護のため、自宅での料理教室を閉鎖。2005年、母の介護中、母が食べる様子をヒントに『介護しながら作る介護食』(日本経済新聞社)を出版。同書の出版以来、介護食に関する講演、講習会、取材が多数。

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