監修:高橋現一郎・東京慈恵会医科大学眼科学講座准教授
糖尿病の3大合併症(糖尿病腎症、糖尿病神経症、糖尿病網膜症)のひとつで、長期間、血糖が高い状態が続くと網膜の血管から出血したり新生血管(もともとの網膜の血管より出血しやすい弱い不完全な血管)が発生します。年間3000人以上が失明し、成人が失明する原因の第2位となっています。糖尿病にかかって5年後頃から発症しはじめ、その後、年とともに増加し、10年で半数近くに達し、25年で75%と高率に網膜症が見られるようになります。
≪網膜とは≫
網膜は、眼底の最も内側にある膜で、カメラに例えるとフィルムやCCDに相当します。外から入ってきた光は、網膜に像を結びその信号は脳に伝えられます。網膜の中心部には視力のセンターともいうべき黄斑部があります(図1)。
≪メカニズム≫
網膜には細かい血管が網目状に張り巡らされています。糖尿病になって血液中の糖が多くなると血液の循環が悪くなり網膜は酸素欠乏状態になります。網膜血管は拡張して血漿成分が漏れ出し網膜に白い濁りができたり(白斑)弱くなった血管から出血が起こることもあります。酸欠状態の網膜が増えると酸素を補うために新しい細い血管が伸びてきます。この新生血管の血管壁は非常に弱いので破れやすく、網膜や硝子体に大出血を起こしてきます。新生血管は何度も出血を繰り返し、網膜の前にある硝子体が収縮してきます。こうなると新生血管とともに網膜もいっしょにひっぱられて剥がれてしまい(網膜剥離)、最終的には失明してしまいます。
糖尿病網膜症は、進行の程度により大きく3段階に分類されます。
①単純性糖尿病網膜症
初期の糖尿病網膜症です。最初に出現する異常は、細い血管の壁が盛り上がってできる血管瘤(毛細血管瘤)や、小さな出血(点状・斑状出血)・白斑です。これらの変化は血糖値のコントロールと相関しており、コントロールが良くなれば消失することもあります。この時期には自覚症状はほとんどありません。
②前増殖糖尿病網膜症
単純網膜症より、進行した状態です。細い網膜血管が広範囲に閉塞し、血液が行き渡らなく酸素が欠乏した領域(無血管野)が生じると、そこから血管新生因子が分泌されることにより、足りなくなった酸素を供給するために新しい血管(新生血管)を作り始めます。この時期ではかすみなどの症状を自覚することもありますが、全く自覚症状がないことも少なくありません。
③増殖糖尿病網膜症
進行した糖尿病網膜症です。新生血管が網膜や硝子体に向かって伸び、新生血管の壁が破れると、硝子体に出血することがあります。また、増殖膜といわれる線維性の膜が出現し、これが網膜を引っ張って網膜剥離(牽引性網膜剥離)を起こすことがあります。この時期になると血糖のコントロール状態と関係なく進行してゆきます。特に年齢が若いほど進行は早く、注意が必要です。この時期の症状として、視野にごみや雲のような物がみえる飛蚊症と呼ばれる症状を自覚したり、視力低下を自覚したりします。
*糖尿病黄斑症:黄斑は、ものを見るために最も重要な部分で、眼底の中心部にあります。黄斑にむくみを生じた状態が糖尿病黄斑症です。どの段階でも起こることがあり視力低下の主たる原因です。
*血管新生緑内障:血管新生因子が分泌されることにより、虹彩や隅角にも新生血管が形成されることがあり、房水流出が妨げられたり、閉塞隅角をきたしたりすることがあります。 非常に難治性の緑内障です。
単純網膜症では、出血、白斑、浮腫が視力の中心ともいうべき黄斑部にかからない限り視力は低下しません。増殖網膜症で硝子体出血、網膜剥離をおこすと視力は急激に低下します。糖尿病網膜症ではまだ見えているから大丈夫、というのはあてになりません。眼底に出血や白斑が多数にあっても視力が1.0でることもあるからです。逆に視力が低下したのを自覚したら網膜症は相当悪化していると考えられます。
一般的な眼底検査(視力や眼圧の測定、細隙灯顕微鏡や眼底の観察)のほかに、眼底カメラ、蛍光眼底造影検査、電気生理検査、超音波検査などがあります。内科で糖尿病と診断されたらまず瞳孔を開く目薬をさしてから眼底検査を受けてください。時間もかかるし検査のあと2〜3時間ピントが合いにくく、ぼんやりとしか目が見えない状態になりますが、眼底カメラだけをとった場合にくらべると網膜の情報は格段に増えます(この検査後2〜3時間は車の運転をしてはいけません)。
検査の頻度を決めるにはHbA1c(グリコヘモグロビン)が参考になるので、内科の先生に伺っておいてください。糖尿病網膜症で失明しないためにも単純網膜症から前増殖網膜症への移行点を早く見つけ、治療の時期を逃さないようにしたいものです。内科で糖尿手帳をもらっている方は、その手帳に眼科でも書き込んでもらってください。内科と眼科の連携が上手くいくとよい結果がえられることが多いようです。
蛍光眼底造影検査は腕の静脈に蛍光色素を注射して眼底写真を撮る検査ですが、まれに過敏症になる人もいますので検査の必要な人は担当医の指示に従ってください。その他の検査は病状や手術方針決定のために適宜追加されます。
①血糖コントロール
糖尿病治療の基本です。10年の経過観察では空腹時血糖値が140mg/dl未満では26.5%が網膜症に、200mg/dl以上では70.2%が網膜症になるというデータがあります。網膜症には血糖値よりHbA1c(グリコヘモグロビン)のほうが関連しているといわれています。初期からHbA1cを7.5%以下にコントロールされている人は網膜症で失明することは少ないようです。
糖尿病発見時にすでに網膜症を持っている場合には頻回の眼底検査を行いながら、慎重に血糖をコントロールしていきます。かえって視力を低下させることもあるので、くれぐれも急激な血糖コントロールは控えていただきたいものです。さらに、活動性の増殖網膜症の時には過激な運動はよくないので眼科医の指示に従ってください。
②薬物療法
現時点ではあくまで補助的なものです。循環改善剤、血管壁強化剤、硝子体出血のときは酵素製剤、浮腫をとるために漢方薬等症状にあわせて組み合わせます。この時、必ず内科等で処方されている薬の情報をお知らせください。
③網膜光凝固療法
網膜にレーザー光を照射しやけどをさせる治療法です。やけどした部分が萎縮して網膜の酸欠が改善され、むくみや出血、白斑が減ります。酸欠網膜が部分的な場合には光凝固も部分的(局所凝固)ですみますが、酸欠が広範囲の場合や新生血管が出現した場合には網膜全体を焼く(汎網膜光凝固)ことになります。
むくみが多い時は少し視力が改善しますが、この治療法の主な目的はこれから起きる失明への道筋を断つことです。視力の改善はあまり期待しないでいただきたいし、光凝固をしたからもう血糖コントロールをしなくてよい等と思わないでください。光凝固をしても血糖コントロールが悪い場合はさらに網膜症は進行してしまいます。
前増殖糖尿病網膜症では、多くの場合、網膜光凝固術を行う必要があります。
④硝子体手術
一昔前までは手術成功率が50%前後で、視力0.01未満の失明状態の増殖網膜症に対する最後の手段でした。しかし近年、手術成績は格段に向上し、硝子体内増殖組織を取り除き視機能を最大限保存できるように適応がひろがってきています。硝子体手術では手術用顕微鏡で目の中を見ながら新生血管を含めて増殖組織を取り除きます。以前は限られた施設でしか行えない高度な手術でしたが、手術機器や技術の進歩により、近年では大学附属病院のみならず、総合病院や個人のクリニックでも行えるようになってきております。
増殖糖尿病網膜症では、手術を必要とすることが多くなりますが、手術がうまくいっても日常生活に必要な視力の回復が得られないこともあります。
⑤抗VEGF薬硝子体注射
血管内皮増殖因子(VEGF)と呼ばれる化学物質を阻害する薬剤を眼球内に注射する治療です。糖尿病黄斑症のむくみを取るために行いますが、網膜光凝固療法や硝子体手術に比較して侵襲性は低く、効果的な治療として近年症例数が増えている治療法です。
自覚症状がなくても糖尿病と診断されたら眼科で瞳を広げる薬を点眼して(散瞳)眼底検査を受けてください。自分の目を守るために糖尿病の採血データを積極的に知り、きちんと糖尿病をコントロールしてください。
便利な世の中になったおかげで私たちは体を動かさないようになってしまいました。テレビではおいしいお店の情報を毎日流しています。そしてこういった食事は幸い普通の生活の人でも手の届く値段で試すことができます。日本人は1億総ブロイラー状態、予備軍まで含めると10人に1人が糖尿病といわれています。若い人も外食ばかりでなくきちんと食事をとっているか、あるいは食べ過ぎていないか今一度考え直してみましょう。また、食事の量は多くないのに糖尿病になる人が沢山います。糖分をたくさん含んだ飲料水や菓子を食べていませんか? 糖尿病網膜症の予防は糖尿病の予防であり早期発見、定期眼科検診、規則正しい生活が大切です。
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