監修:高橋伸明/福岡記念クリニック院長・脳神経外科医
:鈴木龍太・鶴巻温泉病院 院長/脳神経外科医
短い一過性の意識消失を失神といいます。失神は一時的に脳に行く血液や酸素・ブドウ糖などが欠乏して起こるものです。失神は通常、数秒から数分間で、全く後遺症を残さずに軽快しますが、それ以上続くものは意識障害であり、脳や心臓に何らかの障害がある場合があります。
また、突然倒れるために頭を強く打って、失神というよりも頭部外傷で重篤になることや、失神が長く続くと脳の血流不足のために脳に障害を残してしまうこともあります。最も多いものが、いわゆる脳貧血というものです。
失神のことを一過性脳虚血発作と混同して使われることが多いようです。失神の多くは、血管迷走神経反射や心原性(急性冠症候群・不整脈など)ですが、例外的に椎骨脳低動脈系の一過性脳虚血発作に失神があります。一般的に失神と一過性脳虚血発作は別のものと考えたほうがよいと思います。
①器質的疾患(急性)
心原性:急性冠症候群、不整脈、急性大動脈解離、大動脈弁狭窄症、肥大型閉塞性心筋症
肺疾患:肺塞栓症、肺高血圧症、気管支喘息
消化器疾患:消化管出血
その他:感染症、脱水、てんかん、脳血管障害、アナフィラキシーなど
② 変性疾患(慢性):慢性本態性起立性低血圧、パーキンソン症候群など
③神経起因性失神:血管迷走神経性失神、頸動脈同過敏症候群、状況失神(排尿後、排便後、咳漱後、その他)
④環境障害、薬物など:熱中症、降圧薬、硝酸薬、低血糖、アルコール、食後低血圧
⑤原因不明
最も多い失神は、血管迷走神経反射で、いわゆる「脳貧血」です。若い人に多く、通常、立っている時に起こり、目の前が暗くなり、めまい感や悪心などの前駆症状に続いて顔面が蒼白になり、意識消失して倒れてしまいます。
強い痛みや精神的ショック、ストレスが誘因となって自律神経のバランスがくずれ、抹消血管の抵抗が減少し血液が心臓に戻らなくなり、血圧低下となり脳血流が低下して意識がなくなります。この際、徐脈・冷や汗・眼前暗黒感を伴います。喉が詰まった時の咳や、異物を飲み込んだ時の嘔吐などもこれにあてはまります。
このような場合は、一時的な体調の問題で病院へ行く必要はないことが多いですが、失神を繰り返す場合や横になっている時に起こす失神は、他の病気が原因になっていることがあるので、病院へ行って調べてもらったほうがいいでしょう。
頸動脈洞性失神は、頸に固いカラーをきつく巻いているときや頸を横に曲げた時に起こります。頸の動脈である頸動脈の圧センサーの役割を果たす頸動脈洞が刺激されると、迷走神経反射が起こり失神するものです。これは再現性があり、心電図をモニターしながら頸動脈をマッサージする試験で失神が起こることを証明すれば、診断できます。
内臓迷走神経反射は、排尿失神が有名です。夜ビールなどを大量に飲んだあと急に膀胱を空にしたときに失神します。排便失神も同様な原因です。
起立性低血圧も迷走神経反射性失神の原因となります。皆さんも長く座っていた後、急に立ち上がった時に眼の前が真っ暗になってちょっとクラクラすることがあると思いますが、糖尿病や自律神経の病気であるシャイドレーガー病だと低血圧がひどくなり、失神することがあります。また眼球を強く圧迫したときも、迷走神経反射が起こり失神することがあります。
これらの迷走神経反射による失神は一過性のものが多く、起立性低血圧で失神を繰り返すような場合以外は病院へ行く必要はないと思います。
脳が原因の失神には、てんかん発作があります。てんかんはいろいろな種類があり、意識消失だけでなく、それぞれ特有な症状を伴います。てんかんと診断されている場合は、通常、失神には含まれませんが、失神かてんかん発作か区別するのに困る場合も多く見られます。てんかんの場合は、軽度の意識障害が残存し、舌を咬んでいることが多く見られます。
また、くも膜下出血は、重症の場合は昏睡状態になりますが、軽症の場合は失神だけで、一時的に回復する場合もあります。この場合は、いままでに経験したことの無いほどの強い頭痛や、後頸部から頭に向かって燃えるように熱い感じを伴うことが多いです。
脳血管の異常による失神は、先に述べた冷や汗や徐脈などの迷走神経刺激症状を伴うことは少なく、突然起こります。このような場合は、脳梗塞になる前兆であったり、重大な病気が隠されていることがあるので、神経内科か脳神経外科にかかるようにしましょう。
先に延べた椎骨脳底動脈循環不全は、血管の病気だけで起こるわけではありません。椎骨動脈は頸の骨(頸椎)の横にある狭い穴を通るので、頸椎に変性がある場合に頸を強く曲げたり、回旋させると椎骨動脈が閉塞して同様のことが起こります。ソファーで横になって寝込んでしまった後、眼がさめた時にめまいや手足の麻痺・複視・失神などが見られたら頸椎の病気を考えなければなりません。
しかし、以下に挙げる失神は、病院へ行って調べた方がいいものです。
危険な失神の代表は、心臓病による失神です。心臓病が原因で起こる失神は、不整脈によるものが第一にあがります。徐脈になる心ブロックや頻脈になる心房細動・心室細動で、心臓からの血液を送る量(心拍出量)が減り、脳虚血となり失神を起こします。失神する前に動悸を自覚することもあります。有名なものはアダムス・ストークス症候群といって、心臓の脈が非常に遅くなって起こります。この場合には、心臓ペースメーカーの植え込みが必要になります。その他にも、急性冠症候群(心筋梗塞)や大動脈解離・大動脈弁狭窄症でも失神を起こします。心臓から起こる失神の場合、枯れ木が倒れるようにドサッと倒れ、頭部外傷になることもあります。失神中に脈の乱れがあった場合は、必ず循環器内科へ行くことをお勧めします。心臓病による失神は急死の前兆と言われ、適切に治療しないと生命に関ります。
肺の病気でも失神は起こります。咳嗽失神と呼ばれるもので、中年の男性で喫煙者や慢性の呼吸器の病気を持っている人に起こりやすく、せき込んだ時に胸腔内圧が高まり、心臓に血液が戻らなくなるために起こる失神です。また、貧血で運動をした場合などにも失神は起こります。低血糖で起こる失神では頻脈となり、発汗・手の震え・不安が伴います。この場合はすぐに甘いものを少し食べたり飲んだりすれば改善します。他にも血液中のナトリウムやカリウム、カルシウムの異常でも失神が起こります。こういった身体の症状が全くない場合でも、薬物によるもの、精神的な原因によるものなどがあり、診断が困難な場合も多々あります。
失神と診断されたら、心電図検査が必須です。そして、個々の患者さんの特徴に応じて、必要な検査を追加します。追加検査には、血液検査・胸部レントゲン・胸部CT・傾斜台試験・ホルター心電図・心エコー図検査・脳波・頭部CT・頭部MRI・運動負荷心電図・電気生理学的検査などがあります。これらの検査は、患者さんの症状が失神か否か、さらに失神の病型を評価するために行う検査です。
以上、述べたように、失神はいろいろな原因で起こります。では起こった時にどうしたらよいでしょうか。
まず一番大切なことは、呼吸がちゃんとできるようにすることです。失神は突然起きるので、嘔吐したものが喉に詰まってしまったり、また原因によっては呼吸が止まってしまうこともあります。衣服の頸の部分のボタンをはずしたり、ベルトをゆるめたりして、楽に呼吸ができるようにしてください。
通常、失神は血圧が低下していることが多いので、足を上げて頭を低くし頭部へ血液が行くようにします。心臓に原因がある場合も多いので、手首や頸の部分を触って脈を診ることも大切です。
また、失神で倒れた時に頭を強く打ってしまうこともあるので、その場の状況で判断しなければなりません。失神の場合は、身体から力がぬけたようにダラッとした状態が多いですが、てんかん発作の場合は手足が突っ張ったり、ガクガク動いたりします。いずれにしろ失神が長く続く場合や、脈がおかしい場合、頭部を強く打った場合には、病院へ行くことが必要です。
失神は原因がいろいろあるので病院へ行っても何科に行ったらいいか困ると思います。どうしても分からなければ、とりあえず循環器内科か脳神経外科にかかってみればいいと思います。失神中にはっきりとした不整脈があったり、胸の痛みを伴っていれば循環器内科、せきが続いて失神したら呼吸器内科、頸を動かすと失神するようであれば脳神経外科、めまい・複視を伴うようであれば神経内科か脳神経外科、子供の失神は神経専門の小児科、貧血や電解質異常・糖尿病が疑われた場合は 内科(血液、腎臓、内分泌、糖尿病)などへ行くことになります。精神的ストレスが強く失神をおこしてしまう時は 精神科や心療内科に行く場合もあります。
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