監修:高橋伸明/福岡記念クリニック院長・脳神経外科医
:鈴木龍太・鶴巻温泉病院 院長/脳神経外科医
脳梗塞と脳出血は、ともに脳血管の異常によって起こる病気で、これらを合わせたものが一般に脳卒中といわれています。脳梗塞は昔は脳軟化といわれ、脳出血は脳溢血といわれていました。脳卒中は日本の厚生省の統計では脳血管疾患として分類されています。以前は日本の国民病といわれるほど多いものでしたが、食生活の変化や、高血圧の治療が行き届くようになったために重症例は減りました。しかし現在も悪性新生物(がん)・心疾患・肺炎に続き、我が国の死因の第4位を占める重大な病気です。また高齢者の認知症や寝たきりになる最も多い原因疾患と考えられますので、予防が大切な病気です。
脳へ血液を送る動脈には、左右1本ずつの内頸動脈と椎骨動脈計4本の血管があり、これらが頭蓋骨の中に入ると左右の椎骨動脈は合流して1本の脳底動脈となり、左右の内頸動脈とともに、ウィルス動脈輪という血管の輪に合流します。この動脈輪を介して、脳に入る血管が連絡し合い、いずれかの動脈の一部が詰まった時も残りの血管から血液が供給されて脳全体の血液が保たれるようになっています。内頸動脈と脳底動脈から前大脳動脈・中大脳動脈・後大脳動脈・上下小脳動脈などの枝が出て、それら血管がそれぞれの分担領域の脳に血液を供給しています。
動脈硬化などで血管内腔が塞がり、その先の脳細胞に血液が送れなくなると、脳細胞は酸素欠乏と栄養不足になります。この状態を脳虚血といい、これがしばらく続くと脳細胞は死んでしまい脳梗塞になります。そして、脳細胞は1度死ぬと再生することはありません。その脳細胞が運動に関係があれば運動麻痺が起こり、感覚に関係があればしびれなどの知覚障害が、言語に関係があれば言語障害(失語)がおこるというように、症状がいろいろな形で出てきます。
脳梗塞は①アテローム血栓性脳梗塞、②心原性脳塞栓症、③ラクナ梗塞、④その他の脳梗塞に分類されます。動脈硬化によって脳動脈が徐々に狭くなって最終的に閉塞するアテローム血栓性脳梗塞と、脳以外の主に心臓でできた血の塊(血栓)が血液の流れにのって脳動脈に達し血管内腔を塞いでしまう心原性脳塞栓と、小さい空洞という意味のラクナ梗塞(直径15mm以下)に分けられます。
その他の脳梗塞として、一過性脳虚血発作などがあります。一時的に脳の一部の血液が不足(虚血)して症状が現れるが、24時間以内多くは1時間以内に症状が消えてしまう、一過性脳虚血発作があります。一過性脳虚血発作は急に起こりますが、病院へ行こうと思っているうちに症状が自然に消えてしまうため病院へ行かなかったり、また病院へ行っても症状がないため説明がうまくできずに、検査もせずに済ませてしまうことが多く見られます。しかし、この一過性脳虚血発作を起こした人の10%は1年以内に、30%は5年以内に脳梗塞を起こすという調査があります。一過性脳虚血発作は、脳梗塞の前兆と考え、早期に適切な検査と治療を受け、脳梗塞にならないように注意する必要があります。
脳梗塞は突然に起こります。アテローム血栓性脳梗塞は以前は夜中の血圧の低い時に起き易いと考えられていましたが、いろいろ調べてみると1日のうちいつでも発症しています。突然手足に力が入らなくなり、少しずつ麻痺が進むという発症の仕方が比較的多く見られます。
心原性脳塞栓症では、心臓に出来た血液の塊(血栓)が流れてきて脳動脈を塞ぐので、突然に、しかも重症で発症する場合が多く、塞栓がおきる時に心臓が非常に早く不整に脈打つ心房細動という状態になっていることがよくあります。そして、アテローム血栓性脳梗塞では血管が閉塞するまでにかなり時間がかかるため、その間に自然のバイパス血管(側副血行路)が出来ることがあり、閉塞した血管の支配する部分すべての血流が途絶えることは少なく、症状は比較的軽い場合が多いのです。心原性脳塞栓症では、突然脳血管が塞がれるためにバイパスがなく、閉塞した脳動脈特有の症状がすぐに現れ重症です。
一過性脳虚血発作は、内頚動脈の動脈硬化によるものが多いのですが、その場合は手足の麻痺や失語だけでなく、一過性に片方の目が全く見えなくなる黒内障といわれる症状が見られることがあります。
代表的な脳動脈が閉塞した場合、それぞれ次のような症状が現れます。ただし、通常運動麻痺や感覚障害の症状は梗塞により障害を受けた脳の左右反対側に出ます、その理由は、脳から出る様々な指令は延髄で反対側へ交叉して手足などに伝えられるからです。
中大脳動脈の脳梗塞が最も多く、脳梗塞の60〜70%がこの場所で発生しています。詰まった動脈がある反対側の片麻痺(特に上肢)や知覚麻痺などが起こります。たとえば、右の動脈が詰まれば、左の片麻痺がでます。一方、大部分の人の言葉を話したり理解する言語中枢は左大脳にあるため、左の中大脳動脈が詰まると片麻痺だけでなく、言葉を話せなくなったり、聴いても理解できなくなる失語という症状が現れます。この部位の梗塞で特徴的なのは、同じ側の顔・手足に同時に症状が出ることです。片方の手だけがしびれたり、両側の足が麻痺するような場合は頚や腰の骨の問題や脊髄の病気の場合が多いです。
アテローム血栓性脳梗塞の5%前後が前大脳動脈で発生し、詰まった血管の反対側の片麻痺(特に下肢)・下肢の感覚障害・尿失禁・知能低下などが現れます。後大脳動脈の脳梗塞は、視野障害が主な症状です。視野は両目の同じ側が見えなくなります(同名性半盲)。視野障害は意外と本人は気がづかないもので、歩いていて左側ばかりぶつかるのでおかしいといったような訴えで始めて気がづくことがあります。小脳の動脈や椎骨動脈の脳梗塞はめまいやふらつき・嘔吐などの症状で発症します。手足のしびれやものを食べる時にむせるなども症状として見られます。脳底動脈の脳閉塞は、知覚障害・めまいのあと急速に進行する意識障害が見られことが多く、この血管の閉塞は重篤で生命に関わることがあります。
いつ、どのような症状が、どのようにして起こり、どのような経過をとったかが大切です。医師はまず、意識の程度、呼吸・脈拍・血圧・体温などの全身状態の把握と、神経学的検査をします。CT検査をして脳出血を否定できれば、確定診断でMRI・MRA検査を行います。最近、MRI検査はディフュージョンやT2スターといった撮像方法で検査しますので、脳卒中を疑えばMRI検査を行うことが多くなりました。ディフュージョンMRIは超急性期の脳梗塞の診断に有用ですし、T2スターMRIは小さな脳出血も明確に描出します。
特に組織プラスミノーゲンアクチベータ(アルテプラーゼ)の治療が発症から4.5時間以内に開始しなければならないので、迅速な診断が必要です。
MRI検査は磁気共鳴画像を得る検査で、強い電磁石の中に入るため磁場の影響を受け易いため、心臓ペースメーカを植え込んでいる患者さんは検査を受けられません。脳動脈瘤クリップや人工関節など体に入っている人はMRI検査に問題ありません。
脳血管造影は血管内手術を行わない限り検査をすることはありません。脳血管や頚動脈の状態を知るにはMRAか3D-CTA検査を行います。
脳組織の血流状態を調べる「脳血流SPECT検査」は、超急性期には行いません。慢性期に行うSPECT検査で脳循環予備能を見るためのアセタゾラミド(ダイアモックス)は重篤な副作用が報告され保険適応もなく、検査するには十分な説明と同意が必要です。2014年6月、日本核医学会がアセタゾラミド脳検査に緊急声明を出しています。
脳梗塞はいったん起こってしまって神経細胞が死んでしまうと、その部分の脳の働きを元に戻すことはできません。脳細胞が死なないうちに血液の流れをもとに戻すことができればいいのですが、それが可能な時間は発症から4.5時間と考えられています。
一般的には脳梗塞の治療は、内科的治療が主体です。脳梗塞の急性期には、脳が腫れる脳浮腫が起き頭蓋骨という限られた容積の中で脳の体積が増すため、脳の圧力が増し、浮腫が強い場合は脳幹部が圧迫されて意識障害や呼吸停止を起こして大事に至る場合もあります。浮腫を軽減するため薬剤(グリセオール等)が投与され、血液の粘度を下げ、血管を広げるために十分な水分を与えます。また、血栓を溶かす薬やこれ以上血栓ができないような薬も使われます。
2005年10月から発症後4.5時間以内の脳梗塞の治療に、組織プラスミノーゲンアクチベータ(アルテプラーゼ=t-PA)治療が開始されました。2014年、アメリカでt-PAを投与された急性虚血性脳卒中6756人を対象に、年齢・重症度・治療開始時間の転帰に対する影響を解析・評価しています。その結果、年齢・重症度にかかわらず優位に良好な転帰をとったと記しています。t-PA治療は発症後4.5時間以内に開始しなければならず、迅速な脳梗塞の診断が必要です。CTやMRI検査で広範な早期虚血性変化を認めないなど、既往歴・臨床症状・血液所見など厳密な規制があります。t-PA治療は、脳の血管に詰まった血栓や塞栓を溶かす方法ですが、逆に脳に出血を起こして症状が悪化することもあります。またどこの施設でも実施できるわけではありませんので、いざという時には大きな病院へ行くことをお勧めします。
最近は機械的血栓除去デバイスを用いて脳血管内の直接血栓を除去する血管内手術も行われるようになりました。
広範囲な脳梗塞急性期に脳が腫れて頭蓋骨内の圧が高くなると、生命の危険が生じます。そのような場合に頭蓋骨の一部を取り除いて圧を減らす減圧手術を行う場合があります。しかし、脳梗塞に陥ってしまった脳をもとに戻すことはできません。ですから、脳梗塞に対する外科療法は、主に予防的治療になります。一過性脳虚血発作や軽い脳梗塞で脳血管の狭窄や閉塞がある場合に、脳の動脈と頭蓋外の動脈をつなぐバイパス手術を以前にはよく行いましたが、最近は適応基準に合う症例にしか行わなくなっています。また、頚の血管が動脈硬化で狭くなっている時には、内頚動脈内膜剥離術という動脈硬化を取り除く手術を行っていました。最近は、血管内手術でステントを入れて狭窄部位を広げたりする治療が主流になっています。
急性期が過ぎてからは、アテローム血栓性脳梗塞に対しては抗血小板剤であるアスピリン(バファリン)・チクロピジン(パナルジン)・クロピドグレル(プラビックス)・シロスタゾール(プレタール)を飲み続けることになります。心原生脳塞栓症の場合は、予防のために心臓で血液が固まらないようにする抗凝固剤であるワルファリンカリウム(ワーファリン)・ダビガトラン(プラザキサ)・リバーロキサバン(イグザレルト)・アビキサバン(エリキュース)が使われます。
脳梗塞の後遺症として、半身が麻痺する片麻痺・失語などの機能障害があります。この機能障害の治療として行うのがリハビリテーションです。いままで述べたように、脳梗塞に陥った脳組織の機能は戻りません。しかしリハビリテーションを行うことで、他の部分の機能が失われた機能を補うように働き出します。リハビリテーションは脳卒中後の治療に最も大切なものです。発症早期からリハビリテーションを行うことで、寝たきりの率を減らすことができます。
脳梗塞は、死亡する人の4〜5倍以上の人が発症しています。MRIの検査ができるようになったために、高齢者の多くに症状の無い無症候性脳梗塞があることもわかってきました。そして、高齢者の増加に伴い脳梗塞の発症数も増え続けています。いままでのべたように「寝たきり老人」が寝たきりになった原因や日本人の認知症の原因として、脳卒中の関与が非常に高いことも分かっています。したがって、脳梗塞対策は治療面からだけでなく、予防が特に重要となっています。脳梗塞を起こす原因(危険因子)は数が多く、それが脳梗塞の減らない原因にもなっています。危険因子には高血圧・喫煙・糖尿病・心臓疾患・大量飲酒などがあがります。
脳梗塞の時に飲む薬は、ほとんどが次に大きな脳梗塞を起こさないために飲む予防の薬です。症状を治したりする治療薬は、現在のところほとんどありません。予防薬物としては前述したように、アテローム血栓性脳梗塞ではアスピリン(バファリン)・チクロピジン(パナルジン)・クロピドグレル(プラビックス)・シロスタゾール(プレタール)などの抗血小板剤を使用し、非弁膜症性心房細動における心原生脳塞栓症の場合はワルファリンカリウム(ワーファリン)・ダビガトラン(プラザキサ)・リバーロキサバン(イグザレルト)・アビキサバン(エリキュース)などの抗凝固剤を使用します。脂質異常症や高血圧に対する薬も予防効果があります。また、血液をさらさらさせるために水分を十分に取ることが大切です。
脳梗塞ばかりでなく脳卒中全体や心筋梗塞・狭心症は、全身の血管の動脈硬化が原因です。動脈硬化は生活習慣病の一つですから、若い時から生活習慣に気を付けていればかなり予防することができます。健康な生活を送るためにも若い時から注意が必要です。
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