腰痛は日本人の国民病と言われるほど多い症状です。ここでは坐骨神経痛を伴う腰痛について書きます。
坐骨神経痛は、前かがみになった時や横になっていて足を真っ直ぐにして持ち上げた時に起こる、太腿から下腿の後ろ側に走る痛みです。このような症状の場合は腰の骨(腰椎)とその周囲の組織に問題がある場合がほとんどです。
ここで腰の骨の解剖についてすこし勉強しましょう。腰椎は5つの骨から成り、上がL1、下がL5と番号をつけています。骨は椎体(ついたい)と言って分厚い円盤の部分と、椎弓(ついきゅう)、棘突起(きょくとっき)からなっています。背中に骨が触れますが、これは棘突起を触っているのです。脳から来た神経(脊髄)は、椎体と椎弓の間にできた空間(脊椎管)の中を、上から下まで通っています。椎体と椎体の間には椎間板といって軟骨でできた組織があり、これがクッションの役目をしています。腰椎を縦に繋げているのは、椎体前方と椎体後方にある靭帯です。2つの骨の椎弓は黄色靭帯で繋がっています。1つの腰椎レベルから左右に運動と感覚の一対の神経が出ていて、それぞれL1-L5と番号をつけています。
これらの神経は、膀胱や下肢に分布しています。腰椎の下には仙骨があり、その先に尾骨がついています。これは5つの仙椎と5つの尾椎が合わさったものです。仙骨から出る神経はS1-S5と番号がふってあり、膀胱や直腸、性器などに分布しています。この神経が損傷すると、尿や便のコントロールができなくなり大変困ります。腰痛の原因には、筋肉や周囲の組織、腰椎などの骨、そして神経の問題と、3種類が混在しています。
○どんな病気
腰椎と腰椎の間にある椎間板軟骨の中心部の水分を多く含む部分(髄核)が、脊髄方向に飛び出して神経を圧迫刺激する病気です。脊椎後方には靱帯があるため、普通どちらか斜め後方に出ます。これは靱帯を破って出るタイプと破らないで圧迫突出する2つがあります。椎間板軟骨周辺部の繊維軟骨の変性がこれをひきおこす原因といわれています。30〜50代の男性に多い病気です。
○どんな症状
普通は急に起こる腰痛とどちらか一方の坐骨神経痛を起こします。じっと安静にしていても耐えられないほどの強い痛みです。この坐骨神経の領域に一致した痛みとたまに下肢の筋力低下も起こします。痛みだけではなくしびれを訴える人もいます。
○どんな診断・検査
強い腰痛や神経領域に一致した坐骨神経痛などから疑います。前かがみにしたり、横になっていて足を真っ直ぐにして持ち上げたりする、坐骨神経を緊張させる検査で疼痛が増加すること、しびれや筋力低下などもあること、レントゲンでは異常はなく、MRIで椎間板の位置に一致した高さで脊髄が圧迫された像などから診断されます。背中から針を刺して造影剤を脊髄腔内や髄核内に注入する検査も行います。
○どんな治療法
椎間板軟骨の飛び出した部分に圧力をかけないこと。また圧迫された神経を緊張させないこと。このため、だいたい3週間の安静が必要です。この際、持続牽引やコルセットが有効です。
痛みをおさえる薬物や周囲の浮腫を除去する消炎酵素剤が有効です。湿布も経皮吸収型のものは有効です。疼痛が強い場合は、直接、脊髄の周囲に麻酔薬と消炎効果の強いステロイド剤を注入する硬膜外ブロックが有効です。
ヘルニア発症時の強い疼痛は、飛び出した髄核の圧迫とその周囲の出血や浮腫によるものであり、時間の経過にしたがい出血や浮腫は消失します。飛び出した軟骨部分も大きく出れば出るほど、その水分を失い小さくなります。さらに周囲の異物を食べる細胞が出た軟骨を食べ小さくすることが、MRIによる長期の観察で明らかになりつつあります。3ヶ月経っても疼痛が強い場合や、神経麻痺が強く下肢の筋力の低下が強いものは、手術適応があります。最近は小さな切開で神経を圧迫している部分だけをうまく除去できるようになり、およそ術後4週間で社会復帰できます。
○どんな予防法
椎間板軟骨の変性は防げません。したがって予防法としては、背筋力を保つことと腰椎に不自然な力のかかる姿勢を避けることです。軟骨が変性すると、ある時期はヘルニアになりますが、もう少しすすむと水分が減少し、全体的に体積が減少します。そうして硬く、薄くなると、ヘルニアとして突出しにくくなるようです。痛みのないときには腰痛体操(ウイリアムス体操)で腹筋や背筋を鍛えます。
○どんな病気
これは脊髄神経が通っている脊椎管が、腰椎の変形などにより多方面から狭められた状態をいいます。前方からはヘルニア、肥厚した靱帯、変形した骨などが、斜め後方からは背骨同士の関節(椎弓関節)の変形による膨らみ、関節包の肥厚によることが多いようです。脊髄を入れる脊柱管が本来はハート型なのに三角形になり、歩行など腰椎を捻る動作を繰り返すことにより脊髄をつねってしまうような状態になります。腰椎椎間板ヘルニアより高齢の50〜60代に多いものです。
○どんな症状
腰痛の程度は様々です。歩いたり腰を捻るような動作を繰り返す下肢に痛みを起こします。歩いていると下肢が痛くなり、休むと消失します。そのため患者さんは少し歩いては休み、休んでは歩くという繰り返しをします。この時下肢の筋力低下やしびれなどの知覚神経の症状が出る場合もあります。
○どんな診断・検査
足の動脈硬化で下肢の血流が落ちている時もおこりますから、あしの甲の動脈の拍動が触れるか、痛みのある方のあしの温度が低くないかなど動脈の異常を調べます。レントゲンで腰椎の変形、MRIで脊髄が数珠やウインナーソーセージのように圧迫変形していれば診断できます。
○どんな治療法
脊柱管内、椎弓関節内の浮腫を来さないようコルセットで脊椎を捻る動作が起こりにくくさせます。また脊椎管内や椎弓関節内の浮腫を減少させるため、鎮痛消炎剤や消炎酵素剤を使用します。直接この脊柱管内、関節内へ薬剤を注入する方法もあります。
○どんな予防法
この変化は防げません。しかし発症を防ぐ助けとしては背筋力の増強があります。腰椎の両脇にある傍脊柱筋を鍛えて腰椎を安定した状態におくことが有効だと思われます。
○どんな病気
5個ある腰椎の中で上下の椎体が前後にずれるものを、腰椎すべり症といいます。腰椎の後方にある椎弓が一部分切れている腰椎分離症を伴う場合と伴わない場合があります。分離症では腰痛が主な症状ですが、分離のない腰椎すべり症では椎弓関節の痛みである腰痛と坐骨神経の圧迫による症状である坐骨神経痛が両方とも出る場合があります。丸い脊髄が前後から圧迫されて楕円形になっています。脊椎分離症は学童期や成長期に過度にスポーツをやっていた人に多く、症状のない人も多く、一種の過労骨折ではないかと考えられています。
○どんな症状
分離のないすべり症では、椎弓関節の痛みを腰痛と感じます。また、ずれた脊椎による脊髄の圧迫による坐骨神経痛も起こします。この坐骨神経痛は、片側のことも両側のこともあります。重症のものは、膀胱、直腸障害も起こします。
○どんな診断・検査
腰椎で下の椎体に対して上の椎体が前方へ(まれに後方に)ずれた位置にあることを、前方すべり症といいます。これはレントゲンでよくわかりますが、たまに腰椎を前後に屈伸すると誘発され、診断のつくものもあります。レントゲンの腰椎の斜めの像で椎弓の分離の有無も確認できます。MRIでは脊髄の前後方向に圧迫された像が見られます。
○どんな治療法
ずれた腰椎の椎体と椎弓による脊髄圧迫の程度によりますが、軽い場合は鎮痛消炎剤で周囲組織の浮腫が減少すれば軽快します。しかし、圧迫が強い場合は、コルセットにより腰椎を保護してみます。それでも強い坐骨神経症状がとれない場合は、硬膜外ブロックをします。それでも軽快しない場合は、手術となります。一般的には背中側の椎弓を切除し、脊髄の圧迫を除去します。この時椎体の固定術を追加するのが一般的です。また椎体そのものを固定してしまう方法もあります。
○どんな予防法
身長が伸びる時期に激しい運動をすると、脊椎の椎弓部分に力が過度にかかり分離するといわれています。この場合は、運動を控えると分離を修復することができます。しかし成長期に過度の安静を取ることは良いことではありませんから、整形外科の先生と良く相談して対策をたてるべきでしょう。
○どんな病気
未成年者では腰椎の成長する骨端線に軟骨が侵入し三日月状の骨片を脊髄に押しつけてしまう隅角離断というものもあります。15歳くらいまでは神経の周囲に神経保護になる脂肪組織が豊富で神経症状は少ないのですが成人後徐々に坐骨神経痛を発症することもあります。
○どんな症状
腰痛と坐骨神経痛があります。成長期の腰痛が手がかりですがはっきりとは判らないことのほうが多いです。
○どんな診断・検査
成長期に腰痛があつたという記憶。原因の鮮明でない腰痛、坐骨神経痛などで疑います。レントゲンでは椎体後方の上縁(もしくは下縁)の骨様像CTによる半円形(三日月型)の骨片像、MRIによる前方からの脊髄圧迫像がみられます。
○どんな治療法
症状の強い場合は前方から圧迫された脊髄を後方で椎弓を切除し、脊髄を後方に逃がし圧力を減少させる方法があります。
○どんな予防法
やはり成長期に腰椎の骨成長部に椎間板軟骨が侵入することで発症するため防止はむずかしいと思われます。
○どんな病気
脊椎や脊髄に腫瘍ができることがあります。10万人に 1人ぐらいの発症です。脊髄の外にできる良性の神経鞘腫や髄膜腫が最も多いものですが、脊椎骨には悪性腫瘍の転移が多くみられます。小児では脊髄の中にできるグリオーマと言う腫瘍がよくみられます。
○どんな症状
神経鞘腫では腰痛や坐骨神経痛が主な症状ですが、軽快したり増悪したりしながら徐々に疼痛が強くなりある時から急に下肢が麻痺することもあります。感覚の障害は下から上の方へ向かいます。一方脊髄内の腫瘍は感覚障害は上から下の方へ進んできます。
○どんな診断・検査
腰痛が出たり、収まったりで症状が次第に進行してきます。安静時でも動作時でも関係なく痛みが出現します。骨の腫瘍ではレントゲンで骨が抜けてみえたり、逆に濃くみえたりします。腰椎正面像で椎弓根像(楕円形の左右対称)が細くみえることがあります。神経鞘腫瘍や髄膜腫ではCTで骨破壊の程度が観察されることがあります。ミエログラフィーといって背中から針を刺して、造影剤を注入してレントゲンを撮影する検査も行います。MRIでは腫瘍の性質により種々の像を示します。脊髄内の腫瘍はMRIでないと診断できません。放射線アイソトープを使った骨シンチや腫瘍シンチで骨のなかの腫瘍部分がよくわかることがあります。さらに血管造影により腫瘍の発育の早さの予想や良性、悪性の鑑別の予想がされます。
○どんな治療法
良性腫瘍の場合は麻痺が起きる前に手術をすることです。麻痺が起きてからでは腫瘍を切除できても麻痺した神経が回復するとは限りません。悪性腫瘍の場合は疼痛や全身状態、転移の有無により種々の考え方があります。放射線療法をおこなうこともあります。
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