乳房(乳腺)にできるがんを乳がんと言います。現在、生涯に乳がんを罹患する日本人女性は8%、つまり12人に1人が罹患しています。罹患率は年率約5%で上昇、過去30年で5倍に増加し、現在は年間7万人を超えていると思われます。また、乳がんで亡くなる女性は、2013年に1万3000人を超え、1980年と比べて約3倍。女性が罹患するがんの1位となっています(死亡数では大腸がんが1位、乳がんは5位)。極めて稀ですが、男性も乳がんに罹患することがあります。
日本人の乳がんは、世界的に見ると罹患率・死亡率ともに低いものの増加傾向にあり、罹患率・死亡率ともに減少傾向にある欧米諸国とは対照的です。
乳がん罹患率は30歳代から増加しはじめ、閉経後の40歳代後半から50歳代前半にピークをむかえ、その後は次第に減少します。
乳房は乳腺組織と脂肪組織からできていて、母乳(おっぱい)を作るところが乳腺です。乳腺は15~25個の腺葉に分れ、各腺葉は多数の小葉に枝分かれしています。ここで乳汁がつくられます。母乳は乳腺乳管を通り乳管洞に溜まり、乳頭から出ます。
乳がんの約90%は細い乳管上皮に発生し(腺管がん・乳管がん)、「浸潤がん」と「非浸潤がん」に分けられます。浸潤がんとは、発生した組織層を越えて周囲の健康な組織内まで増殖するがんのことです。浸潤がんはさらに、浸潤性乳管がんと特殊型に分けられ、2010年の統計では前者が全体の75.2%、後者が10.2%を占めます。近年、非浸潤がんが増加しており、2010年の統計では乳がん全体の14.2%を占めます。
乳がんに離間する原因はいまだ明確には解明されていません。しかし、いままで乳がんにかかった人の年齢や生活習慣などから、いくつかの傾向を指摘することができます。
◯妊娠・出産歴がない
◯初産年齢が高い
◯出産回数が少ない
◯授乳経験が少ない
◯初経年齢(月経が始まった年齢)が低い
◯閉経年齢が高い
◯飲酒
◯喫煙
◯閉経後の肥満(注:閉経前の乳がんは逆にリスクが低くなります)
◯血族(母親、姉妹)に乳がんになった人がいる
以上の項目が乳がんの危険因子をもっている人と言われていますが、このような背景をまったく認めない患者さんも多くいますので、危険因子を持っていない方も年1回の乳がん検診を受けましょう。
患者さんの訴えで多いものは、しこり、痛み、おっぱいがはる、乳首から分泌物が出る、といった症状です。
ところで、乳房にできたしこりは、すべてがんなのでしょうか? 乳腺のしこりの約80%はがんではありません。20〜30歳代の方に線維腺腫と呼ばれる良性のしこりを認めることがあります。これは生理に伴って大きさが変化する場合が多く、しこりと生理の期間との関係に注意する必要があります(月経に伴い周期性があるかどうか)。2cm以下だと自然に小さくなることがあります(小さくなるのは主に閉経後です)。
しこりには悪性のものと良性のものがありますが、乳腺症とよばれる変化も乳房を触るとしこりのように感じます。乳房の線維化(硬くなる)や小さな袋(嚢胞形成)ができてきて、しこりとして触れたり、痛みがでることがあります。大部分は乳腺の正常細胞が消えたり(退行)、増殖したり女性ホルモンのバランスが悪いことが関与しています。この場合も乳がん検診を受けましょう。乳腺症は病気と言うよりも正常状態から少し外れた良性の変化ですが、乳がんを合併している危険性はあります。がんを疑われる場合は生検が必要であり、その変化を知るためには3ヶ月から半年ごとの検診をおすすめします。
○病歴を聞きます:昔どのような病気をしたか? 家族にどのような病気の人がいるか? 生理の状態は? 妊娠・出産の状況は? ホルモン剤の投与を受けたことがあるか?
○診察:両側の乳房を診察し、脇の下、首の回りを触診、視診します。
○乳房超音波検査(エコー検査):乳房、脇の下、首の回りの皮膚の下にしこりや腫れたリンパ節がないかを調べます。これは超音波を乳腺などの組織にあてて、その信号を画像としてモニターに映し出すものです。
○マンモグラフィー(乳房専用撮影装置):乳房のためのレントゲン検査で、両側の乳房の上から見た写真(頭尾方向)と横から見た写真(内外斜位方向)を、乳房を挟んで撮ります。しこりや、小さな白い粒(微細石灰化)がないかを見ます。この検査は、触ってもわからない小さな腫瘤や、しこりを作らない病変を映し出すのに有効です。
○針生検:細い注射用の針を用いて行う場合と太い針を用いて行う場合があります。これは乳房のしこりに針を刺して組織を取り顕微鏡で見る病理検査です。
○CT検査・MRI検査:病変の広がりや転移の有無を調べます。
○骨シンチ検査:骨転移の有無を調べます。
○胸部レントゲン写真:肺転移の有無を調べます。
○腹部超音波検査:肝転移の有無を調べます。
○腫瘍マーカーの血中濃度測定:再発や転移の状況を見る指標となります。
乳がんにもいろいろな状況があり、さまざまな治療法が選択されます。充分な治療法の説明を聞いて選択する必要があります。その際に考慮されるものは、
①腫瘍の大きさ
②リンパ節転移の有無
③リンパ節転移の数
④閉経前か閉経後か
⑤腫瘍のホルモンリセプターの有無
⑥病理学的な悪性度
○手術療法
手術は局所療法です。
▶︎胸筋温存乳房切除術:大胸筋、小胸筋を温存して、乳腺のすべてを切除し、リンパ節を切除します。
▶︎乳房温存手術:現在はしこりの大きさが3cm以下のものを適応とするようになってきています。乳腺の一部(1/4から1/3)を切除します。ただし、部分切除であるためがんの遺残がある可能性があり術後に残存乳房に放射線治療を併用して乳房切除と同様の効果をあげます(よほど進行すると胸筋合併乳房切除術を行う場合もあります)。
いずれの手術もリンパ節の切除を施行し、リンパ節転移の有無を顕微鏡で見る病理検査を行います。また、しこりに女性ホルモンの受容体(リセプター:ホルモンを作用させるための受け皿)が存在するかを検討します。これらの有無により病気の進行を判定し、術後の治療方針を決定します。
現在、リンパ節の切除に関してはいろいろと検討されており、一番最初にがんが転移するリンパ節(センチネルリンパ節:見張りリンパ節)を見つけて、これを切除し、このリンパ節に転移がない場合は、リンパ節の切除を省略する方法が行われるようになってきています。
○ホルモン療法
がん細胞に偽物のホルモン剤を結合させて、本物の女性ホルモンが作用しないようにしてがん細胞が増殖しないようにします。
女性ホルモン、黄体ホルモンと呼ばれるものが、思春期に乳管や腺房細胞を発達させて乳房を大きくします。これは細胞を増殖させる作用があり、生理前に乳房が張って痛むのもこの作用によるものです。このような増殖作用が、がん細胞の増殖に影響を与えます。この作用を抑制するのがホルモン療法です。
女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)を受け取ってホルモンを作用させるものをリセプターと言います。乳がんの70〜80%がこのリセプターを持っており、女性ホルモンの作用を受けてがん細胞が増殖します。この作用をおさえるのがホルモン療法です。閉経前か閉経後かで、ホルモン療法が異なります。
いずれの場合でも、ホルモンリセプターを持った乳がんの場合に最も使用されている薬はタモキシフェンです。この薬を内服すると、いわゆる更年期障害の症状がでることがあります。顔のほてり、おりものの変化、生理がある場合は生理不順などが見られます。希な副作用として、子宮体がんを来すことがあり、年1度以上の婦人科検診が必要です。また、ときに血栓症をきたす場合があります。
○化学療法(抗がん剤投与)
術前に施行する場合と術後に施行する場合があります。術後化学療法は補助療法です。ほとんどの場合、再発を予防することを目的に行います。補助療法を施行することで、再発率、死亡率が低下することが報告されています。術前化学療法は、かなり進行した大きな乳がん、手術が適応にならない例に対し行われます。さまざまな抗がん剤が使用されます。主治医から充分な説明を聞いてから治療を受けましょう。
○放射線治療
局所療法です。局所に存在するがんに対して行います。乳房温存療法の場合は局所の再発をおさえる目的で乳房に放射線治療を行います。
生活習慣の上で自制および制御可能なものとしては、肥満、食事性因子、アルコール飲用、運動などが重要です。
◯閉経後は脂肪組織が内因性エストロゲンを上昇させるので、太りすぎ、肥満にならないようにする。
◯アルコール摂取をひかえる。
◯野菜、果物、豆類、穀物など食物繊維を多く含む食品の摂取を心がける。
◯動物性脂肪や蛋白の摂取をひかえる。
◯適度な運動をする。
◯喫煙をさける。
◯経口避妊薬の長期使用をさける。
また早期発見のための自己診断も重要です。毎月、生理が終わって数日以内に(閉経後の生理のない方も)、日を決めて自己検診をしましょう。
鏡を見ながら乳房の形や皮膚の変化がないか――左右に形の違いはないか、おっぱいの皮膚にひきつれやくぼみ、えくぼがないか、乳頭の位置が左右対称か――を両腕を万歳したり降ろしたりして、また鏡の前でお辞儀をして、乳房を揺らして観察します。しこりがないかどうかは、横になったり、座ったままで、自分で乳房を触って確認しましょう。指を交互に動かしたり、4本指を滑らすようにして、平手で乳房を触ります。乳首から分泌するものがないか、乳頭の下をつまみ、マッサージをするようにして、分泌物を押し出すようにします。
毎月行って変化がないことを知ることが大事です。自己診断だと迷うことも多いので、おかしいなと思ったら検診を受けましょう。
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