独特の患部からドイツ語で「イチゴ種」と命名
表面は盛り上がり乳頭腫状に
そして、部位に発生した紅色疹はすぐに潰瘍となり、周辺皮疹を徐々に吸収しつつ大きくなる。表面は盛り上がり、乳頭腫状となって易出血性の赤みを帯びてくるのでドイツ語で“キイチゴ”を意味する「フランベシア(frambesia=イチゴ腫)」と命名された。
写真の模式図(簡単な解説つき)
梅毒性フランベシアは、熱帯地方にあるスピロヘータ(spiro chaeta常在菌の一種)による皮膚感染症だ。画像の肉眼所見は、その熱帯イチゴ腫yaws(フランベシア)類似の表面顆粒状であり、境界明瞭な隆起性披疹である。
手掌に生じる場合が多く、この患者例も表面びらんを伴い、鮮明な境界が認められる丘疹だ。梅毒検査を受けず3~10年ほど放置した場合、後期梅毒に進行する可能性が高い。末期となれば血管や髄膜が侵されて、神経梅毒、心血管梅毒、脳梅毒を引き起こし、今日では稀ながら最悪は死亡することもある。
“家庭の平和”に影響する“微妙な病気”
私が経験した、別の事例を紹介しよう。症例は50代の男性。2年前に悪性リンパ腫の診断を受け、化学療法で寛解中だった。1週間ほど前から発熱し、頚部と頭部の皮膚に、痛みを伴わないしこりができた。臨床医は悪性リンパ腫の皮膚再発を疑った。
診断確定のため、皮膚のしこりが生検された。ここからが病理医の出番――。
顕微鏡では、真皮に「形質細胞」という炎症細胞が多数みられ、血管の細胞が腫れていた。梅毒スピロヘータに対する抗体を利用した免疫染色を行うと、病変内にらせん菌が多数証明された。第2期梅毒の診断の確定だ。患者さんはペニシリン投与で無事治癒した。
このように、臨床的に疑われていない梅毒が、病理診断で初めて確定する場合がある。病理医が、炎症のパターンから「梅毒の可能性を疑えるか」にかかっているわけだ。
この患者さんが、いつどこで誰から梅毒をもらったかは、ご自身がよく分かっているだろう。奥さんや家族にいったいどう説明するのか、“家庭の平和”をどう守るのか。病理診断を担当した私は、影ながら心配した。
性感染症は、診断・治療の先にもいろいろな問題が潜む“微妙な病気”なのである。病理標本は嘘をつかない。