がんの起こる臓器によってタチが違う!
大阪府がん登録の2007年版データによると「部位と5年相対生存率(高い順)」では、前立腺96.5%、乳房91.0%、子宮77.5%、膀胱75.2%。男性の前立腺がんはめったに死なない。女性の乳がんや子宮がんは“タチのいいがん”の代表だ。
一方、膵臓がんは8.1%と、とてもタチが悪く、診断されて生き残るのは10人に1人もいない。
当然ながら、早期がんはよく治る一方、遠隔転移してしまったがんの予後は著しく悪い。を紹介しよう。
「限局」とは、がんが発生した場所にとどまっている場合で、早期がんが含まれる。「領域」とは、がん発生の周囲組織や近くのリンパ節に進展しているものの、まだ遠隔転移のないものをさす。「遠隔転移」は肝臓、肺や骨など遠くの臓器に転移した状態だ。
遠隔転移があっても、前立腺(限局:99.7%、領域:96.0%、遠隔転移:49.0%)や乳房(限局:98.2%、領域87.2%、遠隔転移:35.6%)では比較的高い5年生存率が期待できる。また、胃(94.6%)、大腸(95.4%)、乳房(98.2%)、子宮(94.5%)、前立腺(99.7%)の「限局」は驚くほど高い治癒率が認められる(大阪府がん登録の2007年版データ)。
逆に言えば、最近のがん患者の予後の改善の主役は、早期がんの発見率の高さを反映しているといえる。
がん細胞の種類によってタチが違う
これは私たち病理医が顕微鏡で判断するがん細胞の性質・特徴からわかる。血管に入りやすいもの、リンパ管に入りやすいもの、腹膜や胸膜(肋膜)に広がりやすいものといった特徴が顕微鏡でわかる。
がんは「組織型」といわれるタイプに分けられ、「組織学的異型度」が判断される。同じ「病期」(進行度)でも、組織型や組織学的異型度でタチが異なるため、治療戦略も変わってくる。病理医の腕の見せ所だ。
がん細胞の生じた臓器、進行度、組織型や組織学的異型度に応じた治療戦略がある。たとえば、組織学的異型度の高い(タチの悪い)がん細胞ほど増殖が盛んなため、化学療法(抗がん剤治療)や放射線治療によく反応する(ただし、再発もしやすい)。
悪性度の低いがんはめったに再発・転移しないが、いったん再発・転移すると治療反応性はきわめて悪いというジレンマがある。白血病などの小児がんや精巣がんや骨肉腫では、化学療法によく反応するため、5年生存率が著しく高い。
最近では、発がんのメカニズムがわかってきたために、発がん機構を直接押さえる「分子標的治療薬」が普及してきている。乳がん、肺がん、大腸がん、腎臓がん、悪性リンパ腫、白血病など多くの進行がんが驚くほどよく治るようになってきた。
分子標的治療が使えるかどうかを判断するための情報の多くは、病理医が提供する。ただし、分子標的治療薬の最大の欠点は驚くほど高価なことだ。
タチのよくない乳がんとは
乳がんの治療の基本は手術だが、以前の標準だった乳房全摘は影を潜め、今では乳房温存手術が普及している。術前化学療法でがんを小さくしておいてから温存手術をする時代である。脇の下のリンパ節郭清も最小限にするための工夫も当然になってきた。
手術に加えて、ホルモン療法、放射線療法とハーセプチンによる分子標的治療が行われる。ホルモン療法ができるか、ハーセプチンが効くかの判断も病理医が情報提供する。
タチのよくない乳がんの代表は、ホルモン療法もハーセプチン治療も効かない「トリプルネガティブ乳がん(TNBC)」である。手術と化学療法が行われる。ただし、タチが悪いために化学療法がよく効いて、完治する例が増えてきている。
「炎症性乳がん」というタイプは、乳房の皮膚が赤く腫れあがるためにその名があるが、がん細胞がリンパ管の中にどんどん進入しているためだ。全身転移が避けられないいやなタイプである。「微小乳頭がん」という特殊な顕微鏡パターンを示すタイプも、リンパ管へ入りやすく厄介な「組織型」といえる。
遠隔転移してしまった乳がんでも、転移先が骨なら年余にわたる長期生存が可能だ。肺転移の数が少ないときは、手術で肺の一部をとることもある。肝臓への転移は厳しい場合が多い。