ホルマリン保存された結合双生児や奇形児の標本
角状の突起物が飛び出した女性(左)と多数のイボで覆われた男性のワックス標本
結合双生児の一例
そんな中で度肝を抜くのが、頭部からグニャリと湾曲した角状の突起を垂らした女性の顔面標本である。この女性、マダム・ディマンシュ(Madame Dimanche)は、19世紀初頭にパリに住んでおり、76歳のときから6年間で25センチもの長さに成長したという。その材質は爪に似たタンパク質で、フランスの外科医ジョゼフ・スーベルビエル(Joseph Souberbielle)によって無事に切除されたという。
脳みそを始めとした身体パーツのホルマリン漬けも多くコレクションされている。歴史的に有名なものとしては、「アメリカ大統領の下顎」がある。
1893年の世界恐慌に際、国家の危機を乗り切るための大演説を控えていた当時の米大統領グロバー・クリーブランド(Grover Cleveland)は、顎にできた「がん」に苦しんでいた。そのため秘密裏に、樹脂製の顎との交換手術を行ったのである。手術は成功し、演説も問題なく行うことができた。大統領が下顎を病んでいたという事実が公表されたのは、それから20年後。手術のときに切除された、がんに侵された下顎は、いまもホルマリン溶液に沈んでいる。
また、1865年4月14日、リンカーン暗殺を企てたジョン・ウィルクス・ブース(John Wilkes Booth)は、大統領を銃殺したのちに逃走。大統領は翌日に亡くなり、数日後に犯人のブースも射殺された。そのときブースの首から脊髄が取り出され、標本として残されることとなった。まるで白いムカデのような様相を見せているが、それは間違いなく人体から取り出された脊髄であり、それもあのリンカーン大統領を暗殺した犯人のものなのである。
アインシュタインの脳のスライス
脳みその標本も、てんかん患者や他の精神病患者のものなど、多数保存されている。最も注目されているのは、2011年からミュージアムで公開されるようになった、アインシュタインの脳のスライスであろう。ご存知、アインシュタインは、相対性理論の発見者として、20世紀最大の天才といわれている。そんな大天才の脳といわれれば、誰でも見てみたくなるだろう。
もともと、アインシュタインの遺言では、死後の解剖も身体パーツを残すことには同意していなかった。しかし、臨終に付き添ったトーマス・シュトルツ・ハーベイ(Thomas Stoltz Harvey)が、死因を調べるために解剖した際、目と脳をホルマリン漬けにして、のちにアインシュタインの息子に許可を得て、長年、秘かに保存していたのだのである。
のちにハーベイは、アインシュタインの脳をスライスにして数カ所に送り、研究材料として広く共有しようとした。いまでは、ハーベイが手元に残していた46枚のアインシュタインの脳のスライスが、ムター・ミュージアムの重要コレクションとして展示されている。
現在も世界の医学博物館をリードし続けるムター・ミュージアム――。ここまで見てきたように医学は病気を治すものであると同時に、当時の時代的な世相をも映し出すものである。ムター・ミュージアムという画期的な医学博物館に触発されるように、その後もヨーロッパやアジア、世界各地に同様の医学博物館が増殖を続けている。
この連載では、じっくりとそれらの医学博物館を探索しながら、人体を通じて、人間の歴史や文化、さらにはその根底に潜む人間存在にまで見て行きたいと思うのである。
[基本情報]
ムター・ミュージアム『MÜTTER MUSEUM』
The Colledge of Physicians of Philadelphia
19 S 22nd Street Philadelphia, PA 19103
TEL 215.560.8564
http://muttermuseum.org/
★年中無休(感謝祭、12月24日&25日、1月1日以外)
10:00〜17:00、大人 $16(は大人同伴 詳細はHPで)
http://muttermuseum.org/visit/hours-admission/