抗菌薬ががん治療に必要な腸内細菌を殺す!?
一方、2つ目の研究はギュスターヴ・ルシーがん研究所(フランス)のLaurence Zitvogel氏らが実施したもので、対象は抗PD-1抗体薬による治療を受けた肺がんや腎がん、膀胱がんの患者249人だった。
このうち治療の前後に「抗菌薬を使用していた患者69人」は、「抗菌薬を使用しなかった患者」と比べて、抗PD-1抗体薬の奏効率が低く、生存期間も短かった。
また、対象患者の腸内細菌叢を調べたところ、抗PD-1抗体薬の効果が認められた患者の69%で「アッカーマンシア・ムシニフィラ」と呼ばれる細菌が検出されたのに対し、非奏効患者でこの細菌が検出された割合は34%だった。
腸内細菌叢は、ヒトの体内に生息する膨大な数の細菌で構成される。その多様性が乏しいと、さまざまな病気のリスクが上昇することが明らかになっている。抗菌薬は細菌を抑えるために効果的だが、一方で腸内細菌を<殺す>ことにもつながる。
今回、報告された2件の研究結果を踏まえWargo氏は、「腸内細菌叢を調整することで、がんの治療効果を高められる可能性が見えてきた」とする一方、「具体的にどのような腸内細菌叢が望ましいのかなど明らかにすべき点は多い。今回の研究結果のみに基づき、安易にがん患者にプロバイオティクス(微生物の食品)を勧めるようなことはあってはならない」と慎重な姿勢を示している。
米モフィットがんセンターのNikhil Khushalani氏も、腸内細菌叢とがん治療の効果との関係を検討した研究としては、まだ第一段階のものであることを強調した上で、「がん患者の糞便試料を用いて腸内細菌叢を調べることで、抗PD-1抗体薬による治療効果を予測し、がんの個別化医療につなげられる可能性がある」と期待を示している。
腸内細菌が免疫療法の効果を決めている
これらの研究結果について、昭和大学臨床薬理研究所(臨床免疫腫瘍学講座)の角田卓也教授は、次のように補足した――。
「この発表に先駆けて、マウスでの実験で免疫チェックポイント阻害剤の効果が腸内細菌と深く関係しているとの論文が2つ(「Science」 2015)発表されている」
「それによると、Laurence Zitvogel氏らのグループは、抗CTLA-4抗体では「バクテロイデスフラジリス」などが「抗腫瘍効果」と強く関係していると報告。もう一つは、「抗PD-L1抗体」の臨床効果に「ビフィズス菌」が強く関係しているというものだ」
「今回は、実際にがん患者からのデータである。マウスでの実験データが、ヒトでも再現されたことはとても興味ぶかい。これらの研究から、ある種の腸内細菌が免疫療法の効果を決めている可能性が強く示された」
「特に米テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのグループは、腸内細菌叢が多様なほど効果が高かったと報告している。この患者グループでは、高い免疫反応をもつことも示された。腸内細菌とがん免疫療法の関係の解明に、一歩前進したといえる」
腸内細菌叢は、欧米人と日本人では大きく異なる可能性がある。そのため角田教授らは、日本人の腸内細菌叢の巨大データベース(昭和大学Uバンク)を構築し、免疫チェックポイント阻害剤などとの関係の解明を進めている。
(文=編集部)
角田卓也(つのだ・たくや)
昭和大学臨床薬理研究所臨床免疫腫瘍学講座教授。和歌山県立医科大学卒業後、同病院で研修。1993年、腫瘍浸潤リンパ球の研究をテーマに医学博士号を取得。92~95年、米ロサンゼルス、シティオブホープがん研究所に留学。同講師就任。95年、和歌山県立医科大学第2外科助教就任。日本初の樹状細胞療法を実施。2000年、東京大学医科学研究所講師、05年、同准教授就任。10年、バイオベンチャー社長に就任。日本初の大規模がんワクチンの臨床試験を行う。2016年5月より現職。30年間一貫してがん免疫療法を研究する。著書に『進行がんは「免疫」で治す 世界が認めた がん治療』(幻冬舎)』。