火星探査は1年以上、宇宙線に含まれる重イオンの曝露が避けられない
従来のNASA(米航空宇宙局)などの研究では、深宇宙探査によってDNAの損傷・変異が進行するため、がん、白内障、急性放射線症候群、循環器系障害、中枢神経系障害などの発症リスクが高まる事実は確認されている。
しかし、このような推定に活用される典型的なモデルは、火星探査ミッションに要する期間よりも遥かに短い探査期間を想定している。
Cucinotta氏は「火星探査は900日以上の長期ミッションなので、1年以上は宇宙線に含まれる重イオンの曝露が避けられない。現在の放射線防御策だけでは被曝量をわずかに低減するに過ぎない。したがって、深宇宙探査のためには、宇宙線が及ぼす長期曝露による悪影響をさらに科学的に究明しなければならない」と強調する。
アポロ宇宙飛行士の循環器系疾患による死亡率は4〜5倍も高かった
このように宇宙線の被曝を受ける宇宙飛行士の健康障害は甚大だ。
1961年から1972年にかけて、NASAが遂行したアポロ計画は、人類初の有人月面着陸を成功させた。だが、人類を月に送ったアポロ計画は、多くの宇宙飛行士たちの生命を脅かしている。アポロ宇宙飛行士7名の死因を解明した研究がある(『Nature』オンライン版『Scientific Reports』2016年8月2日)。
発表によると、循環器系疾患(高血圧、虚血性心疾患、狭心症、心筋梗塞、不整脈、心筋症など)による死亡率は、アポロ宇宙飛行士43%、宇宙に行かなかった宇宙飛行士9%、低地球軌道を飛行した経験しかない宇宙飛行士11%だった。
つまり、アポロ宇宙飛行士の死亡率は、他の宇宙飛行士より4〜5倍も高かった。なお、一般米国人55〜64歳の循環器系疾患による死亡率は、約27%にすぎない。この研究は、アポロ宇宙飛行士の死因は宇宙線による被曝と推定している。
また、冒頭に紹介した宇宙物理学者のCucinotta氏らの研究によれば、火星探査は、宇宙飛行士の寿命を一般の米国人と比べると、15~24年も短縮されるとする研究成果もすでに発表している(『PLoS One』2014年5月9日/GALILEOWIRED NEWS US)。
さて、昨年10月に火星移住計画の詳細を明らかにしたスペースX社CEOのイーロン・マスク氏は「スペースXは2024年に火星に有人宇宙船を送る。火星に行きたいと思いさえすれば、その方法はある。目標は40~100年で100万人! 火星移住は生きている間に可能だ」と豪語している(「ニューズウィーク日本版」2017年6月16日 )。
7年後、マスク流のホラ話が打ち上げ花火に終わらないとすれば、2030年前半の有人飛行をめざすNASAのミッションを差し置いて、火星探査を先駆ける快挙になるかもしれない。
火星までおよそ7800万km。人類は火星にたどり着けるだろうか? 月面を歩いたように。宇宙線の超殺人的な被曝シャワーをかいくぐって!
(文=編集部)