なぜ急性インスリン中毒で「低血糖脳症」に進展するのか?
本患者のインスリン中毒に関する主な特徴は以下の2点である。
①普段は1日総量20単位であったが、一度に300単位と莫大な量を自己注射したため、急激な血糖値の低下を認め、その状態が持続したこと。混合型インスリンのうち、即効性の成分は低血糖発現まで30分程度と短時間であり、持続性の成分は24時間以上、低血糖状態が持続する作用を有するためである。
②患者が倒れて意識を失ってから、夫に発見されて低血糖の治療を開始するまでの時間が約24時間を要し、対応が遅れたことが挙げられる。これらの状況が脳の低エネルギー状態を増強して、脳のダメージが促進したと考えられる。
インスリン治療で注意すべきことは
本症例は、糖尿病でインスリン治療を行っていた患者が故意に大量接種したものだが、医療施設でのインスリン過量接種による事故例も報告されている。
インスリン接種後に血糖値の測定を行わず、低血糖状態が持続し、不可逆的脳症に進展した例も存在するので注意を要する。
また、糖尿病患者が、家庭内でインスリンを自己接種する際にも、厳重な血糖値のチエックを励行することが求められる。
横山隆(よこやま・たかし)
みむら会透析クリニック(日本中毒学会評議員:クリニカルトキシコロジスト) 、日本腎臓学会および日本透析学会専門医、指導医。
1977年札幌医科大学卒、青森県立病院、国立西札幌病院、東京女子医科大学腎臓病総合医療センター助手、札幌徳洲会病院腎臓内科部長、札幌東徳洲会病院腎臓内科・血液浄化センター長などを経て、2014年より札幌中央病院腎臓内科・透析センター長、2015年8月に同病院退職。現在、みむら会クリニック所属。
専門領域:急性薬物中毒患者の治療特に急性血液浄化療法、透析療法および急性、慢性腎臓病患者の治療。
所属学会:日本中毒学会、日本腎臓学会、日本透析医学会、日本内科学会、日本小児科学会、日本アフェレシス学会、日本急性血液浄化学会、国際腎臓学会、米国腎臓学会、欧州透析移植学会など