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【病理医があかす、知っておきたい「医療のウラ側」第13回】

不要な手術で乳房がなくなる! なぜ、いまだに“検体の取り違え”は起きるのか?

実際に経験した「検体の取り違え」の危険

 かくいう私も、あわや検体の取り違えに巻き込まれそうになったことがある。

 上腹部の違和感を訴える中年男性が、某病院で胃の内視鏡検査を受けた。潰瘍部からの生検で低分化型腺がんと病理診断されたため、大学病院を紹介された。大学病院で胃内視鏡検査による胃生検が何度か行われたが、結果はすべて陰性だった。

 さて、困ったのは手術予定を組んだ外科医だ。いったん、がん細胞が確認されたのだから、やはり手術をしようと患者さんへ説明をしたが……。

 待ったをかけたのは病理医である私だった。すぐに、最初の病院から問題の病理標本をとり寄せると、明らかな腺がんが顕微鏡下に現れた。それはどう見ても高度に浸潤する胃がんの姿で、内視鏡でみつからないとは思えない。そこで私は「検体取り違え」を疑った。

 病理標本ができるまでには、手作業による多くのステップがある。

 内視鏡室で患者名を記したホルマリン入りの容器に生検標本を入れ、申し込み伝票とともに病理診断部門に送る。病理診断部門では標本に受付番号をつけ、組織をパラフィン(ろう)に包埋し、顕微鏡用標本に薄切後スライドガラスに貼りつけて染色する。

 病理医は受付番号と患者名を確認しつつ病理診断する。手術材料では、「切り出し」という病理医による病変部や切除断端部からの顕微鏡標本用のサンプリングが行われる。すべて、病理技師と病理医の共同作業である。

 いずれのステップでも標本を取り違える可能性がある。

 結局この検体は、すでに進行胃がんで手術された別の女性のものだということが判明した。どうやってわかったか?  組織切片上での「血液型鑑定」が決め手だった。

 血液型物質に対する抗体を使った免疫染色で、赤血球や血管内皮細胞に発現する血液型物質が判定される。中年男性はO型のはずなのに、がんの標本はB型。かの進行がん女性患者の血液型もB型だった。

 そして、その女性から同日採取され、慢性胃炎(悪性像なし)と診断されていた標本の血液型はO型だった。一件落着。1週間ほど入院期間は延びたが、この男性患者の胃袋は今でも無事だ。

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 前立腺生検はお尻から内視鏡を入れて、直腸経由で前立腺に針を刺すという、患者さんにとってけっこうたいへんな検査だ。肛門部の皮膚からも麻酔下で針を刺して、計10本以上(多いときは20本)の組織が採取される。

 直径1ミリ、長さ1,5センチ程度の円柱状の組織片である。場所柄、あられもない格好で検査を受ける。二度三度検査を受けたい人はまずいないだろう。

 生検標本はホルマリンという固定液に容れて、病理診断部門へと提出される。生検が行われる外来手術室で、この貴重な生検標本の2人分を1つのビンに入れてしまう間違いが生じた。顕微鏡では、組織の一部だけにがん細胞が観察された。さて、どちらの人ががんだったのか? 

 これも、血液型判定で無事、決着がついた。

連載「病理医があかす、知っておきたい“医療のウラ側”」バックナンバー

堤寛(つつみ・ゆたか)

つつみ病理相談所http://pathos223.com/所長。1976年、慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍。2001〜2016年、藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。2017年4月~18年3月、はるひ呼吸器病院・病理診断科病理部長。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書、電子書籍)『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス、電子書籍)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)、『患者さんに顔のみえる病理医からのメッセージ』(三恵社)『患者さんに顔のみえる病理医の独り言.メディカルエッセイ集①〜⑥』(三恵社、電子書籍)など。

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