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【連載「病理医があかす、知っておきたい“医療のウラ側”」第9回】

患者自身が治療法を選ぶと“医療リスク”が高まる!? ~インフォームドコンセントの難しさ

同じ病変を見て違う診断病名が用いられることは稀でない

 同様に、多くの外科医に病理診断はできない。病理診断を任せられるようになるまでには、数年間の専門医トレーニングが必須だからだ。顕微鏡所見の理解は、医学の中でもきわめて専門性の高い部門に属す。必要に応じて病理医が、直接、患者さんに説明する必要性があるだろう。

 一方、病理診断の言葉の使い方も、必ずしも統一されていない。同じ病変を見て、違う診断病名が用いられることは稀でない。病理医の好みや教育背景の違いにとどまらず、腫瘍の組織分類の問題にもつながる。

 このへんのニュアンスは、医学生や病理医以外の医師にはわかりにくい。まして、患者さんにとっては難解きわまりない。このことが、誤解・すれ違いの原因となりうる。

 たとえば、胃生検で「低分化腺癌」と「印環細胞癌」はほぼ同義だが、違う言葉として表現される。大腸ポリープで腺腫の異型性が部分的に増した病変に対しては、異型の強い腺腫、高度異形成、境界病変、腺腫内癌などの言葉が使われるだろう。

 これらは事実上ほぼ同義で、病変がとりきれていれば、それ以上の治療が不要であることを意味する。しかし定義上、「腺腫」は「良性腫瘍」、「癌」は「悪性」である。難解というより理不尽だ。

性善説に支えられた信頼関係が前提であってほしい

 個人的な見解をあえていわせていただければ、インフォームドコンセントに基づく患者さん自身による「インフォームドチョイス」は、医療のリスクが高まる方向に作用する可能性が少なくない。なぜなら、なぜその治療がいいのか、患者さんが完全に理解することは難しいからである。

 パターナリズムの医療を容認するつもりはないが、専門の医師が患者さんに最良と判断した選択と素人の患者さんの選択を並列的に比べるには無理があろう。患者さんがリスクの高い選択をした場合、医療者はそれをそのままにすべきだろうか?

 「選択した患者さんの責任だから仕方ない」ではすまされない、という医療側の思いは小さくない。このあたりを理解しあえる良好な医師・患者関係が構築されることを祈る。

 まず医療不信ありきの性悪説ではなく、性善説に支えられた信頼関係(トラスト:信託)が前提であってほしいのだが――。

連載「病理医があかす、知っておきたい“医療のウラ側”」バックナンバー

堤寛(つつみ・ゆたか)

つつみ病理相談所http://pathos223.com/所長。1976年、慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍。2001〜2016年、藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。2017年4月~18年3月、はるひ呼吸器病院・病理診断科病理部長。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書、電子書籍)『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス、電子書籍)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)、『患者さんに顔のみえる病理医からのメッセージ』(三恵社)『患者さんに顔のみえる病理医の独り言.メディカルエッセイ集①〜⑥』(三恵社、電子書籍)など。

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