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「海外でコロナ感染者になると日本にいつ帰れるのか」問題の実態

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留学先のエジンバラの風景

 北海道大学医学部4年で、エディンバラ大学に留学中の金田侑大と申します。エディンバラでのコロナ対策の様子を共有したいと思います。

 エディンバラでは10月31日にサマータイムが終わり、冬がすぐそこに来ています。最高気温は10度に届かない日が多く、大学内ではよく無料の温かいコーヒーが配られております。エディンバラは緯度でいえば日本の最北端である稚内よりも北にありますが、北大西洋海流という温暖な海流の影響もあり、雪は北大がある札幌ほどは降らないようなので、この冬は少し快適に過ごすことができそうです。

COP26が開催されたグラスゴーという都市

 最近の話題ですと、第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が10月31日から11月13日まで、ここスコットランドで開催されており、日本の岸田総理も参加されました。エディンバラはスコットランドの首都で行政の中心ですが、実はスコットランド最大の都市は、お隣のグラスゴーです。今回のCOP26もグラスゴーでの開催でした。

 グラスゴーと日本の関係も古く、1872年に岩倉具視使節団が当時の技術革新の中心都市であったグラスゴーを訪れ、造船所や機械工場を視察しています。以来、幕末から明治の初頭にかけて、その技術を学ぶべく日本から多くの留学生が派遣されてきたこともあり、日本との交流は深いです。サッカーも盛んで、1872年にサッカー史上初の国際試合が行われた街としても知られています。元日本代表の中村俊輔選手が在籍していたセルティックも、本拠地はグラスゴーです。

 学術的にもreputationの高い土地で、蒸気機関の発明知られるジェームズ・ワット、国富論を著したアダム・スミスの他、7名のノーベル賞受賞者がグラスゴー大学から輩出されています。そのうえ、グラスゴー大学の設立は1451年で、エディンバラ大学(1582年)よりも100年ほど古く、当時独立国であったスコットランドの国王ジェームズ2世が、隣国イングランドで既に創設されていたオックスブリッジに対抗できる大学の設置を希望したことを発端として、神学の大学として設立されました。エディンバラ大学は、もともと法学の大学として設立されたことを前回記述しました。スコットランドはイギリスの一部ですが、現在も独立した民事裁判所と刑事裁判所を備え、独自の法制度を持っています。これを支える人材育成を目的に、タウン・カウンシルが中心となって設立されたのがエディンバラ大学であり、設立の経緯は若干異なります。

 考えてみると、スコットランドという寒い土地から多くの偉人が誕生したことは、日本の幕末の歴史を作った人物の多くが長州や薩摩といった比較的暖かい土地出身であったことを考えると、なかなか面白い対比です。そのうえ、長州や薩摩が雄藩と呼ばれ、栄えていた一方で、18世紀半ばまで貧しい国だったスコットランドが、なぜこれほど多くの知的才能にあふれる偉人を生み出せたのか、というのも大きな謎です。

 考えられる理由の1つとしては、16世紀から存在したスコットランドの高等教育機関によるSchoolsというシステムが挙げられます。宗教改革後は、スコットランド教会(The KIrk)がこのシステムを組織し、1872年まで継続して、隣国イングランドに対抗できるだけの人材育成を行っていました。ちなみにエディンバラは、セント・アンドリュー、グラスゴー、キングス・アバディーン、エディンバラというスコットランドに古くからある4つの大学のうち、最も新しい大学です。

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