リキッドバイオプシーは、がんの医療体系そのものを変える
血液や尿、唾液などの体液サンプルでがんを診断する「リキッドバイオプシー」は、がんを早期段階で発見、あるいは治療後の再発の兆候を捉える新しいバイオマーカーになると期待されている。その最有力候補がマイクロRNAといえるかもしれない。
現在、がんの確定診断は主に3つの手法を併用して行われている。がん組織の一部を採取するバイオプシー(生体診断)、CT検査によって腫瘍の大きさを評価する画像診断、血清のタンパク濃度を測定する腫瘍マーカーだ。
だが、バイオプシー(生体診断)は、患者の精神的・肉体的ストレスが少なくない。CT検査による画像診断は数カ月間隔で実施するため、がんの大きさの変化の推移をリアルタイムに把握しにくいことから、治療の奏功率を正確に判断できない。腫瘍マーカーは、ほかの炎症などによっても数値が上昇するため、がんの大きさや病態との関連性を掴みにくく、確定診断を困難にしている。さらに、がん検診でしばしば使われるPET(陽電子放射断層撮影)は10万円程度と高額だ。
このような多難な課題を克服するのが、リキッドバイオプシーだ。低侵襲の診断法として大きな意味を持つリキッドバイオプシーが、医療費増加を抑制しつつプレシジョン医療(個別医療)に及ぼす影響とそのメリットを早くから強調していた中村祐輔医師(当時はシカゴ大学教授、現在はがん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長)はリキッドバイプシーの可能性について、次のように語る。
「医療費の増加が必然の高齢化社会を乗り切るためには、ゲノム情報などを利用したプレシジョン医療が絶対的に必要だ。がんに限らず、病気の予防(ヘルスケア)、早期発見・早期治療は医療費の削減につながるはずだ。特にリキッドバイプシーは、がんの医療体系を変える」
低侵襲の診断法のリキッドバイオプシーのメリットを整理すると、(1)がんのスクリーニング、(2)がんの再発モニタリング、(3)がんの治療効果(薬物療法・免疫療法)の判定、(4)治療薬耐性の判定、などとなるが、中村医師はブログで次のように説明している。
「日本でリキッドバイオプシーの話をすると、聞きかじりの知識で難癖をつける研究者や医師が多い。検出できない30~40%はどうするのだという声が、幻聴のように聞こえてきそうだ。
ベストでなく、欠けていることを挙げつらって自分は偉いと自己満足しているだけで、今よりベターであることを判断できないのだ。自分ができないことを他人がやると面白くないと思う潜在意識が、科学的に評価する目を曇らせている。ある意味では、日本で伝統的に培われた文化なのかもしれない。
この方法が臨床現場で確立されれば、がんのスクリーニング体制が大きく変わるし、血液採取で済むだけなので、当然ながらスクリーニング受診率は一気に向上すると思われる。さらに、超早期再発発見・超早期治療が治癒率を上げる可能性を秘めているのだ」(『中村祐輔のシカゴ便り』http://yusukenakamura.hatenablog.com//より)
わずかな尿や血液から、がんやほかの疾患の可能性をいち早く知ることのできる新しい検査技術は、もちろん課題もある。「がんの早期発見は過剰治療の懸念がある」「がんの可能性を告げられ、部位もステージもわからないままでは精神的な負担が大きい」といった指摘もある。しかし、リキッドバイオプシーによる検査技術の確立は、日々進歩し続けている。課題の克服とともに、より多くの恩恵を生み出すことができるのではないだろうか。
(文=編集部)