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修復腎移植~あまりにも長すぎた先進医療の審査。バトンは次の世代に

移植の国際的常識はなぜ日本で通用しなかった?

 修復腎に対するメディアと関係学会、専門医などからのきわめて執拗なバッシングの中、私はアメリカ、ドイツ、ローマでの国際学会や、アルゼンチンのブエノスアイレスでの国際移植学会に出席してみて、腎臓動脈瘤などの良性病変の腎臓はおろか、直径4センチメール以下の小径腎がんを切除して移植に用いるのは、国際的な医学の常識になっていることを知った。

 医学的なエビデンスが確立されつつあると知るや、日本の学会関係者は 今度は、臓器を取り出されるドナーと移植されるレシピエントへの十分な説明と同意、誘導が無いかなどの手続き論で否定的な論陣を展開した。

 結局、重篤な腎不全や移植の機会を失いつつある患者などが、修復腎移植を受ける権利を求めるて訴訟を起こすなどさまざまな動きがみられたが、先進医療の承認まであまりにも長い時間がかかってしまった。この間にどれほどの患者の命が失われたことか。
 
 移植に関する最新の国際常識がなぜ日本の医療界に通用しなかったのか? 私は次の2点が挙げられると思う。
 
 一つは常識を破る、新しい移植法(私はこれを「第三の移植」と呼んでいる)がよりによって四国の宇和島市という、目立たない地方都市で開発されたこと。これは「新しい医療は東京や大阪などの大都市から始まる」というバイアスのかかったものの見方をする「学者たち」にはとうてい受け入れられなかったのだろう。

 もっとも当時、日本移植学会副理事長であった大島伸一氏などのように、後日、自説を改め「修復腎移植」支持に転じた方もある。
 
 もう一つは1966年に行われた札幌医大での「和田心臓移植」だろう。この事件も、当初、大メディアは美談として大々的に報道し、後に心臓のドナーの脳死判定に問題があったと判明すると、手のひら返しをおこなった。この経緯も『凍れる心臓』(共同通信社)に詳しい。

 この事件が残したものは、根深い「移植医療不信」である。脳死体からの臓器提供はいまや実数で、台湾・韓国にはるかに劣る状況にある。

膨大な透析医療費と患者QOLへ視点こそ重要

 もう一つ述べておくべきは、透析医学会が修復腎移植に反対するという、先進国では異例な日本の構図が認められることだ。

 現在、日本の透析患者数は32万人といわれているが、日本透析医学会が公表している数値のみで、厚労省による詳しい実態調査がまだない。腎全患者は「内部身体障害者一級」に指定されているので無料。人工透析は医行為に当たるので、これも無料となるが、年間の透析関連医療は1兆3000億円ともいわれている。

 これを維持するか、削減するか、これが医療保険制度が持続可能性を持てるかどうかの、今後の大きな論点になるだろうと思う。

 修復腎移植は腎臓のドナー・ソースを増やすので、明らかに人工透析の患者数を者数を減らす方向に、ベクトルが向いている。

 先進医療として承認されたのであるから、ドナーが出さえすれば、中国などへの渡航移植くらべ、遥かに少ない自己負担で、腎移植を受けることができるだろう。人工透析に比べ腎移植のQOL(人生の質)が格段に優れていることは多くの腎移植者が語るところだ。

 こうした点を考慮し、日本の移植医療への信頼の回復と修復腎という新しいドナー・ソースを拡大することが急務だろう。その点で、今回の先進医療・承認はこれからの長い道のりの始まりにすぎないと思う。この医療に取り組む医療機関が増えることを願いたい。

 また、これまでの関係者の努力をねぎらいたい。バトンは次の世代に渡されたのだ。
(文・難波紘二)

難波紘二(なんば・こうじ)

広島大学名誉教授。1941年、広島市生まれ。広島大学医学部大学院博士課程修了。呉共済病院で臨床病理科初代科長として勤務。NIH国際奨学生に選ばれ、米国NIHCancerCenterの病理部に2年間留学し血液病理学を研鑽。広島大学総合科学部教授となり、倫理学、生命倫理学へも研究の幅を広げ、現在、広島大学名誉教授。自宅に「鹿鳴荘病理研究所」を設立。2006年に起こった病気腎移植問題では、容認派として発言し注目される。著書に『歴史のなかの性―性倫理の歴史(改訂版)』(渓水社、1994)、『生と死のおきて 生命倫理の基本問題を考える』(渓水社、2001)、『覚悟としての死生学』(文春新書、2004)、『誰がアレクサンドロスを殺したのか?』(岩波書店、2007)などがある。広島大学総合科学部101冊の本プロジェクト編『大学新入生に薦める101冊の本』(岩波書店、2005)では、編集代表を務めた。

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