「迷走神経刺激治療法(VNS)」は「脳のペースメーカー」
さて、「迷走神経刺激法(VNS)」を知る前に、迷走神経の仕組みを簡単に見よう。
迷走神経(Vagus nerve)は、12対ある脳の抹消神経の一つだ。延髄から出て頭部、頸部(咽頭、喉頭)、胸部(心臓、肺、食道、胃)、腹部(大腸上半部までの腸管、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓/骨盤を除く) のすべての内臓に分布し、感覚、運動、分泌を司る。第10脳神経とも呼ばれる。大部分が副交感神経からなり、平滑筋の運動や腺の分泌機能を調節する。
迷走(Vagus)は、中世のラテン語で放浪を意味するが、末梢神経が複雑な走行と分布を示すことから迷走神経となった。主な働きは、食欲調節、嚥下運動(食物を飲み込む)、消化液の分泌調節、心拍数の調整、胃腸の蠕動運動を始め、発汗や発話、頚動脈における血中ガス分圧の感知、外耳道の体性感覚など、生命活動の根幹に関わる重要な神経系だ。
では、「迷走神経刺激治療法(VNS:Vagus nerve stimulation)」とは何か?
「迷走神経刺激治療法(VNS)」の流れはこうだ――。電気刺激発生装置(ジェネレーター)を胸部の皮下に埋め込む→胸部からリード線を延ばす→頚部の迷走神経を露出する→迷走神経に電極を巻付ける→リード線を皮下に通し、ジェネレーターに接続する→頚部と胸部の皮膚をそれぞれ約5cm、切開する→頚部の迷走神経に電気刺激を与える→脳の深部を活性化するため、難治性てんかんの発作を軽減する。
「迷走神経刺激治療法(VNS)」の原理と手術は、心臓ペースメーカーとよく似ているため、「脳のペースメーカー」とも呼ばれる。1997年にアメリカでFDA(食品医薬品局)の承認を取得し、世界70カ国で医療承認され、約5万台が普及。日本では、2010年7月から承認され、所定の研修を修了したてんかんの専門医が手術に携わる。
5~7年間の「迷走神経刺激法(VNS)」治療で平均72%の「難治性てんかん」を軽減
「迷走神経刺激治療法(VNS)」の対象は、成人と小児の難治性てんかんの患者だ。ただし、焦点切除など、開頭によるてんかん手術が奏功する患者は、開頭手術が優先される。
「迷走神経刺激治療法(VNS)」は、どのような効果が見込めるのか?
約2年間にわたり治療を継続すれば、約半数の患者の発作頻度が減少し、5~7年間の治療の継続では、平均72%の発作が減少するので、早期に治療を開始するほうが効果が高い。しかも、およそ2/3の患者は、注意力、集中力、不安、記憶機能、言語機能の改善が認められている。
手術は全身麻酔だが、患者の負担が少ないため早期の退院が可能。手術・入院費用は、高額療養費の対象となり、およそ10万円以下の自己負担だ。
ただし、「迷走神経刺激治療法(VNS)」は副作用を伴う場合がある。手術による副作用は、手術部の出血、血腫、嚢胞形成のほか、変声、声帯障害、顔面神経麻痺・顔面感覚異常、不整脈・心停止などがある。刺激による副作用は、一時的だが、 変声、咳、咽頭炎のほか、嚥下障害・誤嚥、呼吸困難、閉塞性睡眠時無呼吸症状の悪化 などがある。
ちなみに、難治性てんかんは、主要な抗てんかん薬を2剤以上用いても発作を抑えられないてんかん、または副作用によって有効なてんかん薬の服用が困難なてんかんを指す。てんかん全体の約35%を占める。てんかんの発作が続けば、外傷・事故、就労困難、学習障害、精神退行などのためにQOL(生活の質)の低下を招きやすい。
さて「迷走神経刺激治療法(VNS)」の功罪をあれこれと見てきた。難病の救世主になるキャパシティが大きいので、ますます期待できそうだ。
●参考文献
○近畿大学医学部脳神経外科
○鹿児島大学病院てんかんセンター
(文=編集部)