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【連載「死の真実が“生”を処方する」第22回】

受刑者の高齢化で矯正施設が“医療崩壊”の危機! 刑務所・拘置所・少年鑑別所も医師不足

 近年、我が国の高齢化に伴って、受刑者の高齢化も進んでいます。平成24年には受刑者のうち、60歳以上が占める割合は17.6%と、平成16年の11.5%から年々増加してきました。

 それにしたがって、何らかの病気にかかっている人の割合も増加し、平成24年には67.2%となりました。すなわち、矯正医療の需要は年々増加しつつあるのです。

 特に継続して集中的な医療を必要とする人、すなわち入院と同等の医療を要する人、人工透析などの特殊な医療を要する人は、医療専門施設(八王子刑務所など)、医療重点施設(府中刑務所など)、医療少年院(京都医療少年院など)に集約されます。

 もちろん、これ以外の施設でも医師が必要です。このような矯正施設の医療を担う医師を矯正医官と呼びます。近年、この矯正医官が不足している間題があります。2015年の統計によると、矯正医官の定員327人(これでも少ないと思いますが)に対して、充足しているのは252人(充足率77.1%)です。

 全国の過疎地で医師不足が叫ばれていますが、矯正施設における医療崩壊も進んでいるのです。

 この現状を憂慮して、法務省は「矯正医療の在り方に関する有識者検討会」を発足させ、矯正医療の基盤整備に努めるようにしました。そして、法務大臣がこの答申を受け、矯正医官を確保すべく認知度の高揚や待遇の改善を行うことを決めました。

 2015年6月には法務省矯正局長名で、厚生労働省医政局長(医師免許を交付したり医業を管轄するのは厚生労働省)、都道府県医療関係部長、日本医師会等の医療系団体あてに、矯正医療に関する支援と協力のお願いという通達を出し、医師確保を求めました。

 同時に、文部科学省教育局医学教育課を介して全国の医学部、医科大学に矯正医療についての広報をしてほしい旨の通達を出しました。

健康や病気の予防の知識を持たない人が多い

 このように、矯正医療が社会的に求められていることは、誰もが理解できることです。

 しかし、矯正医療にはその特殊性があります。まずは、収容者が非日常的な経験をしていることです。反社会的勢力の関係者、薬物使用者、不特定多数の性行為経験者も多く含まれます。さらに精神神経障害者も多く存在します。したがって、われわれ医療を行う者も、この特殊性を理解しなければなりません。

 私はこの現状に多少なりとも尽力できないかと、所属する講座の医師たちとともに、矯正医療に協力しています。これまで臨床医としての経験がある上、法医学実務を通して、犯罪被害者や被疑者を診察・鑑定する経験がありました。したがって、一般の市中の医師よりは矯正医療に携わることが容易ではないかと考えていました。

 しかし、収容者一人ひとりの背景を十分理解していないと、彼らに対して適切な医療サービスが提供できないことが分かりました。患者個々の生活背景を把握した上で、その人にとって最良の医療サービスを提供すること、これは一般の医療と矯正医療で決して違うことはありません。

 さらに私が少年院で感じたことは、一般の人が当然のように知り得ている健康や病気の予防についての知識を持ち合わせていない人が多いということです。幼少時から、特に家庭内で満足な教育や躾を受けてこなかったがゆえに、若年時から不健康な生活になってしまったのでしょう。


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一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。

連載「死の真実が"生"を処方する」バックナンバー

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