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【連載「眼病平癒のエビデンス」第8回】

根津甚八さんは6回も手術! それでも完治しなかった「下直筋肥大」

 「下直筋肥大」では、下直筋が肥大し上を向こうとしても下に引っ張られるため(伸展障害)、上方向を見ようとすると物が2つに見える複視が生じます。さまざまな原因が考えられますが、代表的な疾患は甲状腺疾患です。

 甲状腺機能障害があり複視が見られたら、甲状腺眼症を疑います。ただし、機能が正常である場合や全身症状に先行して起こることもあります。甲状腺眼症は、自己抗体が強く関わっているとされるため、甲状腺機能に加えて自己抗体の検査も必須となります。甲状腺機能が良好でも自己抗体の値が高い場合は、眼症が起こりえます。

 外眼筋の肥大は下直筋で最も多く見られますが、他の筋肉も肥大することがあり、肥大した筋肉により複視の方向は変わってきます。また、複数の筋肉が肥大した場合は、視神経が圧迫されて視神経障害を起こし視力や視野障害の原因となります。甲状腺眼症では、外眼筋の肥大以外に眼球突出、眼瞼後退などの眼瞼(まぶた)の症状がみられ特徴的な顔貌になります。

 甲状腺眼症以外で外眼筋の肥大(腫脹)とそれに伴う眼球運動障害を起こす疾患として、外眼筋炎(特異的外眼筋炎、特発性外眼筋炎)、IgG4関連外眼筋炎などが挙げられます。特発性外眼筋炎は、発症が急で疼痛が強く、眼瞼は炎症を伴い腫脹し下垂が見られます。IgG4関連外眼筋炎では、炎症を伴わない眼瞼の腫脹が見られますが、疼痛は無く、複視の程度は軽いとされています。

 検査はCTやMRIなどの画像検査に加えて、生化学的な検査(甲状腺機能検査、甲状腺自己抗体、血清IgG4など)などを行います。また、結核、梅毒、眼窩蜂窩織炎、副鼻腔炎や転移性腫瘍の検査を行い、他の疾患を否定することも重要です。

 治療は、まず炎症を軽減する目的でステロイド剤が用いられていますが、放射線治療と併用することもあります。また、炎症がとれても複視が残存する場合は、特殊な眼鏡(プリズム眼鏡)で複視を軽減させたり、筋肉の手術(斜視の手術)を行ったりすることもあります。炎症が軽減しても筋肉の肥大は残ることがあり、甲状腺眼症のように複数の筋肉が肥大し視神経が圧迫されている場合は、眼窩の骨を削り肥大した筋肉や脂肪が入るスペースを作る眼窩減圧術を行われることがあります。

 甲状腺眼症では、時間が経つにつれ複視や眼球突出、眼瞼の腫れは戻りにくくなるため、患者さんには精神的にも負担の大きい疾患と言えます。ストレス、寝不足、喫煙などが甲状腺眼症の増悪因子とされていますので、生活環境を見直して症状が悪化しないように努めることが重要です。


連載「眼病平癒のエビデンス」のバックナンバー

高橋現一郎(たかはし・げんいちろう)

くにたち駅前眼科クリニック院長。1986年、東京慈恵会医科大学卒業。98年、東京慈恵会医科大学眼科学教室講師、2002年、Discoveries in sight laboratory, Devers eye institute(米国)留学、2006年、東京慈恵会医科大学附属青戸病院眼科診療部長、東京慈恵会医科大学眼科学講座准教授、2012年より東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科診療部長。2019年4月より現職。
日本眼科学会専門医・指導医、東京緑内障セミナー幹事、国際視野学会会員。厚労省「重篤副作用疾患別対応マニュアル作成委員会」委員、日本眼科手術学会理事、日本緑内障学会評議員、日本神経眼科学会評議員などを歴任。

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