今後、研究がさらに進めば、神経細胞、心臓や肝臓などの臓器を再生したり、病気の原因を究明したり、新薬を開発したりすることに応用できる。
たとえば、目の組織の一部である角膜を再生し、視力を回復させる。網膜を再生したり、加齢黄斑変性症(かれいおうはんへんせいしょう)の治療に応用できる。いずれも現在、理化学研究所などが臨床段階に入ったところだ。ちなみに、加齢黄斑変性症は、加齢によって網膜の中心部である黄斑に障害が生じ、見たい部分が見えにくくなる病気。欧米では成人の失明原因のトップ、日本では失明原因の第4位だ。
また、血液の成分である血小板を作製して、赤血球や白血球を作ることも可能になる。血液成分を大量に作って保存すれば、献血が不要になり、輸血治療に大いに役に立つだろう。
さらに、血糖値を調整する能力をもつ神経細胞が切断される外傷を負った1型糖尿病なら、失われたネットワークをつなぐ神経細胞を移植する。パーキンソン病や心筋梗塞なら、患者の体細胞からiPS細胞を作り、神経細胞、心筋細胞に分化させる。その患部の状態や機能がどのように変化するかを詳しく調べれば、病気の原因も解明できる。
このようなES細胞やiPS細胞による再生医療は、臓器移植とは異なり、ドナー(臓器提供者)の不足という問題を解消する道も拓くだろう。
ただ、現時点では、ES細胞やiPS細胞による再生医療は、技術的にも生命倫理的にも社会制度的にも解決すべき難題が少なくない。次回からは、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞が挑んでいる近未来の姿を、分かりやすく少しずつひも解いて行く。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。