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「線虫でがんを早期発見」は実証できていない!?報道に疑問

 C.エレガンスのゲノムはすで完全解読されていて、約15,000個あり、うち10%の1,500個が、G-タンパクと呼ばれる特殊なタンパク質を構造の一部にもつ「化学受容体」の遺伝子だという。そのうち「嗅」に拘わるものが4個である。
 
 実験ではこの嗅遺伝子を遺伝子工学の方法で操作して、「アノソミア(無臭症)」の線虫を作り、この個体はもはや人のがんの尿に反応しなくなることを示し「がん特異的な化学受容体」があることの証拠としている。

 なんともうろんな実験だと思う。他者による追試確認が必要だが、それよりも正常尿と「がん患者尿」を濃縮、分画して、線虫に特異的な反応を起こす分画を抽出し、「がん患者に特異的に存在し、正常患者には存在しない化学物質」をなぜ同定しなかったのか?と思う。

 この構造が、2種の化学受容体の結合部位の立体構造から、理論的に予測される化学物質と一致し、しかも実際に走化性を示した場合に、受容体には「嗅物質=受容体」複合体が形成されていることを証明すれば、彼らの理論は実証されたことになるだろう。
 それなら実用の可能性も出てくるだろう。

 「毎日」や「報道ステーション」がだいぶ大きく取り上げたが、そのほかのメディアは比較的冷静に報じている。「一犬虚に吠えれば万犬実に吠える」(一匹の犬が吠えればそれにつられる形で、多くの犬が一斉に吠え出す)とか「三人市虎をなす」(町中に虎がいるはずはないが、もし三人が虎がいると言うと、ついには本当に虎がいる様なことになる)というが、メディアの記者は独自に情報を吟味し、「事実である」と自ら確信できたことだけを報道してもらいたい。元朝日新聞の植村隆記者のように、「当時は他紙も同じように報じていた」という言い訳は、今後は通用しない。
 
 時代が動く時、不安が生じ、ともすれば「奇談」が横行する。ふたたびSTAP細胞騒動はごめんであるし、それを許してはならない。
(文=広島大学名誉教授・難波紘二)メルマガ『鹿鳴荘便り』(3/16)より抜粋、加筆

難波紘二(なんば・こうじ)

広島大学名誉教授。1941年、広島市生まれ。広島大学医学部大学院博士課程修了。呉共済病院で臨床病理科初代科長として勤務。NIH国際奨学生に選ばれ、米国NIHCancerCenterの病理部に2年間留学し血液病理学を研鑽。広島大学総合科学部教授となり、倫理学、生命倫理学へも研究の幅を広げ、現在、広島大学名誉教授。自宅に「鹿鳴荘病理研究所」を設立。2006年に起こった病気腎移植問題では、容認派として発言し注目される。著書に『歴史のなかの性―性倫理の歴史(改訂版)』(渓水社、1994)、『生と死のおきて 生命倫理の基本問題を考える』(渓水社、2001)、『覚悟としての死生学』(文春新書、2004)、『誰がアレクサンドロスを殺したのか?』(岩波書店、2007)などがある。広島大学総合科学部101冊の本プロジェクト編『大学新入生に薦める101冊の本』(岩波書店、2005)では、編集代表を務めた。

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