監禁事件は最近もあった
映画『夜明け前』では、呉秀三の人生を追いかけて、研究者たちに彼の功績について聞きながら、その留学先であるウィーンや、留学中に訪れたという精神病患者に対する家族的な看護が行なわれていたベルギーのゲールまで訪れる。
そして、『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』の内容を紹介しながら、呉秀三が明らかにしようとしていたものは何なのかと問いかけていく。
この映画に登場する愛知県立大学教授の橋本明氏が指摘するように、呉の調査は、ただ悲惨な監置の状況を非難するだけではなく、ときどき小屋から出して農作業を一緒にするなど、良質な監護もあったことも記している。
呉秀三が訴えたかったのは、当時、精神病院のベッドが圧倒的に足りなかったという現状だったのではないかと、この映画は推測していく。
もっとも、戦後精神科のベッドが増えすぎたことが、いまも続く長期の社会的入院の問題につながっていくのだが、それは呉秀三が生きた時代よりもあとの話である。
呉秀三は、精神科の薬もない時代に、どうやって患者を人間的に扱うかと苦闘し続けた。その足跡を100年ののちに改めてたどるこの映画は、確かにいま見る価値があると言えよう。
もっとも、付け加えるならば、精神病患者を指す言葉として、呉自身もいまでは差別用語となっている言葉を使って記述しているのは、呉自身には差別の意図はなかっただろうが、置かれた時代状況の持つ限界についても考えさせられる。
日本の精神医学の父を知る
この映画は、日本の共同作業所の連絡会としてはじまった「公益財団法人きょうされん」が中心となって作られたものである。当初は6月2日から9日までの1週間のみの上映の予定だったが、好評により29日までの上映延長が決まった。
映画の内容として、難をいえば、やたらにおどろおどろしい効果音が入るのには少々違和感があるし、精神病の当事者が登場しないのもなんだか寂しい。だが、日本の精神医学の父について改めて知る貴重な機会として、足を運ぶ価値は十分ある。
映画の最後に、2017年12月に大阪府寝屋川で、2018年4月には兵庫県三田市で、精神障害の家族が長年監禁されていた事件の新聞記事が映し出される。法定雇用率のアップなどで、企業でも精神障害者を雇用する動きが加速する一方、逆に障害者に対する差別が強まっているのではないかと思わせられるような社会の空気を感じることもある。
この映画の『夜明け前』というタイトルは、呉秀三の時代が精神障害者にとっての「夜明け前」だったというだけでなく、2018年のいまもなお「夜明け前」だという意味が込められている。呉の残した課題は、今も我々に突きつけられているのだ。
(文=里中高志)
『夜明け前 呉秀三と無名の精神障害者の100年』
アップリンク渋谷にて6月29日まで上映
公益財団法人 日本精神衛生会/きょうされん40周年記念 提携事業
[ドキュメンタリー/2018年/66分]