AIが勤怠管理から与信管理、メンタルケア、福利厚生までをカバー
HRテックの開発事例をもう1つ紹介しよう。採用支援を手がけるネオキャリアだ。ネオキャリアは、採用や勤怠などの情報をクラウド上で一元管理し、社会保険の申請なども自動化できるjinjer(ジンジャー)を開発している。
加藤賢氏(専務取締役副社長)は、AIによる最新システムを導入したいが、開発資金や導入コストに余裕がなく、勤怠状況を紙で管理するなど、人事のIT化が進んでいない中小企業に注目した。
jinjer(ジンジャー)の対象は、100~500人程度の社員を抱える企業だ。100人未満の企業は人事専用のシステムを使わなくても、エクセルの表計算ソフトで十分に間に合う。だが、500人を超えると、独自システムを構築するはずだ。エクセル管理では限界があり、独自システムを導入するのは荷が重い中小企業にこそ、潜在ニーズがあると見込めるからだ。
jinjer(ジンジャー)の導入には、1アカウント(従業員に1人当たり)約200円のイニシャル・コストがかかるが、年内にはjinjer(ジンジャー)を中小企業に無料提供するという。
無料化はどのように進めるのだろうか? 加藤氏によると、基本的な仕組みは、米グーグルなどが採用する広告モデルと同じだ。グーグルは検索サービスを無料提供する代わりに、利用者の趣味や趣向に合わせた広告を配信し、広告枠を企業に販売して、収益を得ている。jinjer(ジンジャー)も、社員の人事情報を保険会社などに提供する代わりに、成約マージンを得て収益を確保する仕組みだ(『日経BP』2016年11月4日)。
jinjer(ジンジャー)を導入するメリットは?
jinjer(ジンジャー)を導入するメリットは何か?
たとえば、保険会社なら企業の社員が結婚したとか、出産して子育てしているなどの情報を把握できるので、タイミングよく生命保険や学資保険を提案できるだろう。銀行なら社員の年収や評価を把握できるため、与信管理に活用して低金利の住宅ローンを提案できるかもしれない。
保険会社や銀行は、会社名でリスクを評価して来たが、成果主義が広がり、働き方の多様化も進んだことから、会社名だけの信用調査は難しい。Jinjer(ジンジャー)を使えば、名前や住所など個人を特定できる情報は使わずに、年齢、肩書き、給与などの与信データだけを抽出できるので、保険会社や銀行と連携しやすい。
jinjer(ジンジャー)は、与信管理だけでなく、労務管理や福利厚生も可能だ。昨年1月、ネオキャリアは、インターネットによるヘルスケアサービスを提供するベンチャーFiNCと提携。FiNCは、社員の健康診断の結果やメンタル調査から不調な社員を特定したり、部門ごとのヘルスケアの課題を把握したりするサービスを手がけている。
したがって、jinjer(ジンジャー)が収集する勤怠管理データとヘルスケア・データを融合すれば、社員の心身の健康リスクを見える化したり、数値化できるメリットが生まれる。
人事情報を一元管理し、勤怠管理から与信管理、メンタルケア、福利厚生までをカバーできるJinjer(ジンジャー)のポテンシャリティは大きい。Jinjer(ジンジャー)による人事システムの無料化が定着すれば、HRテックの恩恵を多くの中小企業が享受できるからだ。
だが、リスクもある。人事情報を保険会社や銀行などと共有するので、万が一漏洩すればダメージは甚大だ。プライバシーに不安を感じる社員や、漏洩リスクを嫌う人事部門や経営者も少なくないだろう。HRテックの無料化モデルは、順風満帆に船出するだろうか? 注目しよう。
(文=佐藤博)
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。