病院に動物がいたら、子どもたちに笑顔が蘇るのではないか?
日本初のファシリティドッグのハンドラーである森田優子さんによると、ベイリーが日本に来たのは、日本在住のアメリカ人キンバリーさんが息子・タイラー君を小児がんで亡くしたことから、タイラー基金(現・認定NPO法人シャイン・オン・キッズ)を設立したことがきっかけだ。
キンバリーさんは、視察先のハワイの病院でファシリティドッグのタッカーに出会い、タッカーが育ったHCI(現・Assistance Dogs of Hawaii)の施設でトレーニングを受けていたベイリーを知った。
一方、2007年ごろ、小児病棟に看護師として勤務していた森田さんは悩んでいた。冷たい病室とベッド。痛い注射や検査。食事も行動も制限され、友達と遊べない。ご飯とおやつの他に、子どもらしい楽しみが何もない。小児がんや白血病に苦しむ子どもたち。処置もできず、弱っていく子どもたち。辛い治療を緩和させるサポートが乏しい。
病院に動物がいたら、子どもたちに笑顔が蘇るのではないか? 子どもたちの入院生活はどれだけ変わるだろう! 動物介在医療が必要だ! そんな思いを強めていた矢先、キンバリーさんから「ベイリーのハンドラーにならないか」という強いオファーを受けた。
2009年、森田さんはHCIでハンドラーの研修を受け、厳しい試験を乗り越えて合格、ベイリーと日本に帰国した。
ベイリーが重点的に回るのはターミナル期(終末期)の子どもたち
しかし、道は険しかった。欧米と異なり、日本では病院に犬を入れるという感覚も価値観もなかったからだ。唯一興味を示した静岡県立こども病院で、1週間だけのボランティアからスタートした。
最初は病棟に入れない。犬に会いたい子どもと親が廊下に出て触れ合うだけ。少しずつ信頼が高まると、プレイルームへ、ベッドサイドへ、ついには添い寝もできるようになった。
しばらくは週3回勤務だったが、子どもたちが「ベイリーは毎日必要なんだ!」と院長室に直訴したため、最終的に週5回のフルタイム勤務が認められた。こうしてベイリーは、晴れて常勤のファシリティドッグに着任。緩和ケア検討会議の医療メンバーとしても働けるようになったのだ。
特にベイリーが重点的に回るのは、ターミナル期(終末期)の子どもだ。中には犬が苦手な子どもがいるが、ベイリーなら触る子どもがほとんど。半年かかって触れた子どももいる。犬が苦手な保護者も、ベイリーは平気という人が少なくない。
ターミナル期に入り、ご飯が喉を通らなくなった子どもがいた。だが、ベイリーが立ち合うと、ニッコリと笑いながら「ベイリー、見ててね」と言うなり、スパゲティとアイスクリームを食べたことがあった。
また、生後5日で新生児大動脈弁狭窄と診断された子どもがいた。くすぐっても、辛い治療をしてもまったく無表情だった。だが、やがてベイリーに手を伸ばしては、目で追いかけ、笑みを浮かべるように変わった。今は体調も安定し、宣告された余命を越えて生き続けている。
ベイリーが重点的に回るのはターミナル期(終末期)の子どもたち
現在、静岡県立こども病院では、白血病を診断するために骨髄に針を刺して血液を採取する骨髄穿刺(せんし)の時も、ファシリティドッグは子どものそばに寄り添って見つめている。子どもには痛く辛い検査だが、医師も緊張する。子どもはどれだけ安心だろうか。
今年8歳になったベイリーが静岡県立こども病院に出勤して約7年、神奈川県立こども医療センターに勤めて約4年。長い道のりだったが、今や「ベイリー」と「ヨガ」は、子ども・親・病院のスタッフにとってかけがえのない頼れる存在になっている。ゴールは、治療成果を上げつつ、治療に向き合う子どもたちの勇気を育むことだ。
白い温かな毛並み、ゆったりした物腰、賢く、温厚で誠実、真っすぐ見つめる愛らしい眼差し……。「ベイリー」と「ヨギ」がもたらしている数々の奇跡と出会いの感動。スキンシップは子どもたちストレスを減らし、元気づける。「ベイリー」と「ヨギ」は、子どもたちのベッドサイドで、幸せなヒーリング・マジックを振りまいてくれるだろう。今日も明日も明後日も。
ファシリティドッグの活動やファシリティドッグ・プログラムを応援したい、興味がある人は、HPにアクセスしてほしい。
●認定NPO法人シャイン・オン・キッズ(http://sokids.org/ja/)
(文=編集部)