歯科用顕微鏡の普及率が上がらない背景には歯科医師たちの経済事情も関係していると三橋氏は考える。
「歯科用顕微鏡を導入するとなると相当なお金がかかります。更に必要なものを一通り揃えていくとかなりの額になります。僕自身も開業当時は毎日夢中になっていましたが、お金はなかったですね。良い器械を導入したからといって治療費が上がるわけではないのです。僕も当初は診察料にしても、保険の範囲内で対応していました。もともと顕微鏡を使った治療だから保険点数が高くなるルールなんてないのです。導入して診療の質は上がるけど、保険の範囲内で診療をする分には収入は下がるのです。細かな作業が増えて診療時間が長くなるからです。これではなかなか導入する気にもなれません。基本的には顕微鏡がなかったとしても診療自体はできるわけですから」
三橋氏は現在、この顕微鏡を使った治療に関して、自由診療が適切だと考えている。
「患者さんには日本の歯科治療の医療費が桁違いに安いんだってことを理解してもらいたいのです。アメリカはもちろん、フィリピン、シンガポール、台湾の数十分の一なのです。それだけ安い医療費で世界標準の治療は望めないのです。
今は顕微鏡治療を知らない歯科医師はまずいないでしょう。歯科医師の認知は上がったけど、なかなか踏み込めないんです。条件が合えばやってみたい、という人はたくさんいると思います。そう意味でも多くの歯科医の経済的な事情は改善していかないといけないと思います。日本の保険診療の仕組みは素晴らしいのですが、提供できる治療の質・内容に制約が生じるのが現実。治療の質は上がるけど貧乏になる、というのではこれからの若い医師は誰もやらない。だから歯科用顕微鏡を使った治療に関しては自由診療で、ということにした方がいいと思います。それは普及に繋がるし、結果としてそれが日本の歯科診療の質向上に繋がり、より多くの歯が助かるのです。
これからの顕微鏡治療
顕微鏡治療の先進国、アメリカでは根管治療専門医で顕微鏡を使わない人はほとんどいないという。
日本でも都市部を中心に根管治療に力を入れている歯科医院ではかなり普及してきてはいるものの、それが現場で適切に使われているかはわからないと三橋氏は言う。だが、顕微鏡治療を通じて「治らなかった歯が治る」という治療の質の向上には自信を持って頷けるようになった。うまく使うことで作業効率も上がる。患者さんも自分の治療の進行具合がわかるようになる。「特に根管治療が一番変わります」と三橋氏。「肉眼ではできなかったことができるようになった。成功率が飛躍的に上がりました」と語る。
モニターに映し出される治療の経緯についても「全部DVDで録画してあります。2001年の5月からずっと」と三橋氏。これがいつか、新しいカルテにとって代わる時代が来るかもしれない。
「もちろん、まだ管理といえるほどそれらを管理しているわけではないのですが、、。 たとえば、治療後何年かして問題が生じた歯があるとしますね。そのときは、治療をした時のDVDを探し出してきて検証するわけです。病変の大きさ、進行程度はどうだったのか、見落としはなかったのか、、。歯科治療は直ぐに結果が出ない分野です。治療がうまくいったのかどうかは治療から何年か経て初めて評価できるのです。 そのためには全ての治療を映像として何年も残しておく必要があるのです。いままでの肉眼治療ではこの検証ができなかったのです。
映像を残すことで医師の意識も変わっていくでしょう。医療ミスも明らかになるかも知れませんが、それにより治療の質は向上してゆくでしょう。」
可能性を数多く秘めた顕微鏡歯科治療。三橋氏の活動がひょっとしたら未来の日本の歯科医療の姿を大きく変えていくかもしれない。
(インタビュー・文/名鹿祥史)