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【連載「死の真実が“生”を処方する」第15回】

心臓カテーテルは研究者が自分で人体実験! 腕の血管から心臓まで管を通した

 1950年代、アメリカ空軍大佐で航空医学研究者でもあるジョン・ポール・スタップは、速度が増加しつつあるジェット戦闘機の安全性をいかに保つかという問題に直面していました。ジェット戦闘機が離陸または着陸する際には、大きな重力がかかります。

 人間はどの程度の急加速や急減速に耐えられるのか? スタップ大佐は、その限界を確認するため、自らが実験台となりました。ヘルメットと軍服だけの姿でロケット・エンジンを搭載した台車に乗り込み、砂漠の上に敷いたレールの上を時速1000キロメートルまで加速した後、急ブレーキをかけるという実験を行ったのです。実験後、スタップ大佐は目に少々の障害をきたしましたが、人間は重力加速度の50倍の力が加わっても生存できることを証明しました。

 その後、米国道路交通安全局に異動したスタップ大佐は、自動車の安全性に関する研究に力を注ぎました。そして、自動車の衝突試験にダミー人形を使うなどの安全基準が確立されるようになりました。現在、彼の安全研究に対する功績を称え、「Stapp Car Crash Conference」という自動車衝突安全の国際会議が継続して行われています。

人体実験は決して望ましいことではない

 自らの命を危険にさらしてまで研究内容を証明しようとするのは、素晴らしい研究者魂ですが、決して望ましいことではありません。人体実験は倫理性と安全性が確保された状態で行われるべきです。

 1964年、第二次世界大戦中に行われたさまざまな人体実験を反省し、世界医師会によって国際的な倫理的原則がまとめられました。それが「ヘルシンキ宣言」です。

 このなかには、医学の進歩のために人体実験が必要不可欠だが、科学の進歩によって多くの人が受けられる恩恵よりも、研究参加者の安全や健康を重んじなければならないと記されています。

 人体実験は、多くの歴史的な成果を残しました。しかし、今の時代、似たようなことは決してできません。ちなみに、人体実験への参加を強要し、障害を与えたりすれば、犯罪となります。人の命より重いものはありません。


心臓カテーテルは研究者が自分で人体実験! 腕の血管から心臓まで管を通したの画像2


一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。

連載「死の真実が"生"を処方する」バックナンバー

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