診断基準は次のようなものだ。
臨床的に意味のある機能障害、または苦痛を引き起こすに至る持続的かつ反復性の問題賭博行動で、その人が過去12カ月間に次のうち4つ(またはそれ以上)を示している。
(1)興奮を得たいがために、掛け金の額を増やして賭博をする要求。
(2)賭博をするのを中断したり、または中止したりすると落ち着かなくなる、またはいらだつ。
(3)賭博をするのを制限する、減らす、または中止するなどの努力を繰り返し成功しなかったことがある。
(4)しばしば賭博に心を奪われている(たとえば「過去の賭博体験を再体験する」「ハンディをつける」または「次の賭けの計画を立てる」「賭博をするための金銭を得る方法を考える」を絶えず考えている)。
(5)苦痛の気分(たとえば、無気力・罪悪感・不安・抑うつ)のときに、賭博をすることが多い。
(6)賭博で金をすった後、別の日にそれを取り戻しに帰ってくることが多い(失った金を"深追いする")。
(7)賭博へののめり込みを隠すために、嘘をつく。
(8)賭博のために、重要な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらし、または失ったことがある。
(9)賭博によって引き起こされた絶望的な経済状況を免れるために、他人に金を出してくれるよう頼む。
以上の「賭博」にゲームを含める、または「賭博」を「ゲーム」と置き換えて、思い当たる項目があれば要注意だといえる。
「定額制から課金制」が底なしのリスクをたらした
ギャンブルの肩を持つわけではないが、ギャンブルなら金が戻ってくることもあるが、ゲーム課金で失った金は現実世界に戻ってこない。デジタルデータのステータスが上がるだけだ。
ネット上には、無課金でも十分遊べるゲームがあふれている。しかし、莫大な制作費のかかるゲームをタダで遊べるのは、それを"支える"金をつぎ込む熱心なマニアがいるということだ。
ゲームがカセットやディスクで売られていた頃は、1本数千円のソフトを買えば、いくらはまり込んでもそれ以上の浪費はなかった。「定額制から課金制」というゲームの潮流の変化は、底なしに金をつぎ込むリスクをたらした。「ほどほどに楽しむ自制心」が求められている。
(文=編集部)