手術を行った高橋大輔。復帰の鍵を握ったと言われるが、手術を選択する場合には、様々な要因が挙げられる
「手術については、症状だけでは判断しないこともありますので一概には言えないと思います。患者の社会活動と前十字靭帯の損傷状態や膝の機能によって判断されます。社会活動とは、肉体的な重労働を続けるような仕事であるとか、今後もスポーツを行なっていくのか、どのような競技種目なのか、その状況によって膝への負荷が変わってきます。靭帯が完全断裂しており膝関節が不安定な状態であれば、症状があまり無くても手術が選択されることもあります。前十字靭帯の損傷状態や症状と、その人の人生や将来のことも考えて総合的に判断します。その時に痛みが無く問題なく生活できていたとしても、将来の関節の変形などを考慮し手術が必要と判断されることもあります」
手術をする、しないに関わらず、前十字靭帯損傷のリハビリテーションは概ね変わらないと、瀬戸口ドクター。
「手術を前提としたリハビリテーションも、保存療法としてのリハビリテーションも大きな違いはありません。一般的に人体のどの場所でも関節を怪我すると、出血や炎症が起こり、痛みとともに関節可動域(関節が動く範囲:正常な膝では、まっすぐ伸びて、正座できるぐらい曲がる)が制限され(拘縮する)、筋力が低下するといった状態になります。症状というよりは膝の状態によってリハビリが進む段階が変わってきますが、最終的な目標は、関節可動域を回復させて筋力を強化し、負荷をかけても安定して正常に動く膝にすることです」
リハビリで注意すべきは全身の動きを考えること
具体的なリハビリの方法は次のようになる。
「可動域を改善させるには、ゆっくり関節を曲げたり伸ばしたりして、ストレッチしたりします。損傷した前十字靭帯を補うという意味でも筋力は重要で、鍛え方や筋肉のバランスに注意します。膝を伸ばす筋肉である大腿四頭筋(もも前の筋肉)は体重を支える主要な筋肉ですが、同時に脛骨を前方に引っ張る作用もあるため前十字靭帯にさらに負荷を与えてしまいます。一方、膝を曲げる筋肉であるハムストリングス(もも裏の筋肉)は、脛骨を後方に引っ張る作用があり前十字靭帯を保護します。したがって、前十字靭帯損傷のリハビリでは、この両者の筋肉が同時に働くようにバランス良く鍛える必要があります」
まずは歩行や階段といった日常生活が問題なく行えるようにリハビリしていき、ある程度回復したらスポーツなどを想定して負荷をかけていくのがベスト。素早い動きやジャンプの着地などに安定して耐えることができる筋力の回復が望まれる。
「リハビリで特に注意すべきことは、膝だけをみるのではなく全身の動きを考えることです。歩いたり、走ったり、人間が動くときにはほとんど全身を使います。例えば股関節が硬く動きが少ない場合には、その分膝関節が大きく動くことになり負荷が増えます。そのため、膝以外の部分の柔らかさや筋力と全身の動き方にも目を向けてリハビリしていく必要があります」
手術後は膝の可動域や筋力などの回復具合によって多少前後することがある。術後のリハスケジュールは、医療機関によって異なるという。
「再建術の術後スケジュールについては、いろいろな考え方があるのが現状ですが、最も重要なことは再建した靭帯が緩まず生着することで、一般的には術後9ヶ月程度かかるとされています。1ヶ月までに松葉杖をはずして歩けるようにして、3ヶ月程度でジョギングを始め、6ヶ月程度から徐々にスポーツに必要な動きや筋力を鍛えていき、9ヶ月程度でスポーツに復帰します。医療機関によって術後スケジュールは大きく違うこともあります」
高橋大輔選手の場合、病院の壁を越えた医療ネットワークによる医療者たちの奮闘が讃えられている。スポーツ選手の場合、医療ネットワークが重要なのだろうか。瀬戸口先生は、次のように明言する。
「スポーツ選手の場合は、試合に出て最高のパフォーマンスを発揮することが求められます。試合の日程は決まっており、それに合わせてスケジュールを決めなければならず、1日でも早く治療を開始する必要性に迫られます。加えて、怪我を治すだけでは試合で良い結果を出すことは難しく、体力やスポーツの技術を向上させることも合わせて行う必要があり、専門機関の連携が必要不可欠です」
スポーツで怪我を負った場合、瀬戸口先生のようなスポーツ医の下でスポーツ専門クリニックでのリハビリテーションが推進される。スポーツ医学に関する十分な知識をもつスポーツ医は、スポーツ外傷・障害の治療、予防、競技力向上、健康増進のための運動処方など、スポーツに関連する課題を医・科学的な面から意欲をもって解決しているのだ。
(取材・文=夏目かをる)