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【連載第1回 東洋医学と西洋医学の接点】

意外に知られていない「漢方」と「中医学」の違いとは?

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脈の取り方も違う漢方と中医shutterstock.com

 日本では一般的に「漢方」と「中医学」についての認識と理解は、次の3つにまとめられる。
「漢方も中医学も同じこと」
「漢方は中医学の一部」
「日本では中医学を知る人は少なく、漢方や東洋医学と言ったほうがわかりやすい」
 
 つまり、「漢方」も「中医学」も、そもそも不明瞭のままというのが現状である。

 ちなみに中医学は中国医学のことであり、ChineseMedicineとして国際的に通用する。一般的には「東洋医学」とひとくくりで呼ばれることもあるが、この連載では日本独自の体系「漢方」と「中医学」を対比しながら説明する。

 さて、漢方と中医学はあるのか? 違いがあるのなら、どのような違いがあるのか? そのような点について、その歴史・由来、主な理論、臨床診療の3点から検討しよう。

 まずは歴史・由来について。約3000年前に中医学の主な理論や中薬方剤(薬剤)について記された最古の中国の医学書『黄帝内経』が誕生した。この約30万文字の巨作は、代々の中医臨床家の努力、研究により捕捉されていき、次第に完璧な中医学の体系として形成されてきた。

漢方は中医学の一部が日本で独自の変化を遂げたもの

 中医学とは「精」「気」「神」の3つの宝を強調し、陰陽説と五行説を核心理論として、五臓六腑、気血、津液(しんえき)の生理・病理を説明する。または、脈診(みゃくしん)、舌診、問診などを通し、患者の病状、病性、病位を把握する。その上に、患者の証(全体像)を立てて一番合う有効な治療、つまり、中薬、針灸、推拿(すいな、整体)、気功、薬膳などを行う。これは中医学の「弁証論治」(べんしょうろんち)と呼ばれ、中医学の精髄であり、数千年にわたって、中医学の有効性とその価値を証明してきた。
 
 日本、中国の交流、往来の歴史は非常に長い。唐朝には日本から大勢の遣唐使や留学生が当時の都・長安に訪れ、唐朝の歴法、書道、仏教、中医学などを勉強した。帰国の時にいろいろな土産を持ち帰り、その中には東漢の中医学の名作『傷寒雑病論』もあった。

『傷寒雑病論』の著者、張仲景氏は、東漢末の著名な中医学家であり、彼は『黄帝内経』を学んだ上に、自己の臨床実践の経験を積んで、この大作を執筆した。日本では漢方医になるためにはこの『傷寒雑病論』が必読の定本であり、臨床治療の場合にも、本書の論述を参考しながら処方される。また、日本の漢方メーカーであるツムラの医療用漢方製剤には129個の方剤を発売しているが、その中の半数以上が『傷寒雑病論』によるものだ。

 こうした歴史の由来を考えれば、漢方は中医学の一部分であり、漢方=中医学とは言えないことがわかる。

 次に主な理論について見ていこう。漢方は中医学の『傷寒雑病論』から生まれている点や、中医学の陰陽、五行、気血、臓腑などの理論が一致している。しかし、漢方には日本風土の実情に合わせて変更が加えられている。日本は島国であり、梅雨が長く湿気も多い。水湿(体の水分が溜まっている状態)は体の生理、病理の変化に強く与える。そのため漢方は独自の「気血水」の理論を生み出し、臨床では日本風土の実情に合う治療が徐々に広がっていった。しかし、中医学の「気血津液」の理論とは顕著に区別されるものだ。

共通性と独自性が交錯する漢方と中医学

 実際の臨床診療について見てみよう。漢方は中医学と同じく四診法(望診、問診、聞診、切診)を重視する。皮膚の色・顔色、目の色、舌の状態などを診る「望診」、体臭・口臭、声・呼吸音などを診る「聞診」、患者の話す言葉を診る「問診」、手の脈をとり、腹部の堅さや柔らかさ張りなどを触って診る「切診」である。

 しかし「切診」の中に含まれる「脈診」と「腹診」では大きな違いが見られる。まず「脈診」において、中医学の場合、医者の同一の片手で患者の左右の脈を測る。漢方の場合、医者の両手で同時に患者の左右の脈を測る。なぜ中医学を出自とする漢方は、中医学と「脈診」の取り方が違うか?

 中医学の「脈診」とは一つの時期に形成される診断法ではなく、長い歴史を経て、脈の強さ(虚、実)、速度(数、遅)、リズム(不整脈)、部位(浮、沈)だけではなくて、脈の形態、粗さ、長さなどを追究し、実に28種類の脈の種類が診断に使われている。

 一方、漢方の「脈診」とは、脈の部位(浮、沈)、脈の強さ(虚、実)、速度(数、遅)、脈の大きさ(大、小)だけを追究する。したがって、両手で数種類の脈を測ることが可能である。しかし、28種類の脈を一気に左右両手で測ることはできるだろうか。まず不可能である。こうした取り入れる情報量によって「脈診」の仕方も違いが出てくる。

 現在の漢方医でも、中医学の「脈診」を積極に取り入れ、脈形が長くまっすぐで琴の弦をおさえるように触れる「弦脈」、脈形が細い「細脈」、脈拍が小刀で竹を削るように触れる「渋脈」などを取り入れている場合がある。

 腹部全体を触診する「腹診」では、漢方の流派により多彩な方法があり、腹部の同じ部位でも流派により示す病気が違う。逆に中医学での腹診は中医学の「腹診」は大学の統一教科書によって実践されている。
 
 以上、漢方と中医学の違いを簡単にまとめてみた。結論としては、漢方は中医学の『傷寒雑病論』から生まれ、日本風土の実情を盛り込んで発展されたものだといえよう。漢方と中医学はそれぞれの特徴を持ち、相互に影響しあいながら人類の健康、防病、治病の役割を担っているのだ。


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孫 迎

孫 迎(そんげい)
1985年中国上海中医薬大学卒業。元WHO上海国際針灸養成センター上海中医薬大学講師、上海市針灸経絡研究所主治医師1987年糖尿病について優秀な研究成果で、中国厚生省の三等奨を獲得。来日後、早稲田大学大学院臨床心理学修了。中国医学開発研究院理事長、専任教授。呉迎上海第一治療院副院長。
●得意分野:婦人病、不妊症、痛症、運動系、リウマチ、内科、内分泌科等。

連載「東洋医学と西洋医学の接点」バックナンバー

呉澤森(ご・たくしん)

呉迎上海第一治療院院長。中国上海中医薬大学院卒業。元WHO上海国際針灸養成センター講師、元上海針灸経絡研究所研究員、主任医師。1988年、北里東洋医学研究所の招待で来日。現在、多数の針灸専門学校の非常勤講師を務め、厚生大臣指定講習会専任講師、日本中国医学開発研究院院長、主席教授、日本中医臨床実力養成学院院長なども兼務している。『鍼灸の世界』(集英社新書)が有名。
●得意分野:不妊症、内科全般、生殖泌尿系統、運動系、脳卒中後遺症、五官科(目(視覚)・耳(聴覚)・舌(味覚)・鼻(嗅覚)・皮膚(触覚)。特に眼科)等

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