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専門医制度を止めるべき13の理由 ~今からでも遅くはない、この制度は一旦止めるべき

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日本の専門医制度は危機的状況!?(depositphotos.com)

 本年度から専門医制度が開始されている。筆者は一開業医であり、専門医制度と何の利害関係もない。それでも制度の開始前から繰り返しこの制度を一旦止めるよう進言してきた(1)(2)(3)(4)。

 一番の理由は、本制度が、次世代のためにならないからである。つまり若い医師たちにとっては、彼らを育てる制度ではなく、管理するための制度設計になっている。人として当たり前の人生を過ごしながらキャリアを積むことが出来ない。さらにこれからの医療にとっては本来の目的である医師の質が向上する仕組みになっておらず、制度を開始した意味がないからである。90%以上の若手医師が登録するシステムの大きな変更でありながら、あまりに拙速に事を運びすぎた。そして、検討不十分な制度のために地方の医療システムが暴力的に破壊されている。

権威や利害関係のために多くの犠牲を払ってきた医学界

 日本の医療界は、権威や利害関係を優先させて止めるべきものを止めずにたくさんの犠牲を払ってきた。陸軍軍医だった森鴎外らの「東大閥の権威」が脚気の原因をビタミンB1不足であると認めず、陸軍を中心に多くの脚気による死者を出したのは有名な話しである。また、1930年代にはハンセン病患者の隔離不要を唱えていた小笠原登医師の意見も「学会の権威」により潰され、らい予防法が廃止されるのは1996年まで待たなければいけなかった。

 医師の働き方改革も、長らくその必要性を指摘されてきたが、医療界は抜本的な改革を怠り、医師の健康を損ない、その家族に負担をかけてきた。結果として「患者の安全」を損なっている。今回の日本専門医機構の稚拙な事のすすめ方もまた、医師と国民に多大な負担を強いていくであろう。医療界は変革を嫌い一旦始めたことは検証せずに続ける傾向がある。

 この7月から日本専門医機構現理事長に就任した寺本民生氏は、「敢えて火中の栗を拾い」無償で理事長を引き受けられた(5)という素晴らしい方だが、残念ながら寺本新理事長もまた一旦立ち止まるという選択肢を持たれないようだ。

 今からでも遅くはない。しばらく現場が混乱したとしても、この制度により医療システムが壊滅的な被害を被る前に一度立ち止まった方が良い。

女性医師の活躍を阻害する精度設計

以下に専門医制度を止めるべき13の理由を挙げる。

1.専門医機構は未だにこの制度の目的である「質」の担保をしていない。各学会が行なっているものを検証せずに認証しているに過ぎない。それではこの制度を開始した意味がない。

2.出産や子育てしながらの研修が困難になった。今までも女性医師が出産し、子育てしながら専門医を取得するには、大きな困難が伴ってきた。ところが、今回の制度では循環型プログラム制を採用しており、短期で各地を転々としながら研修しなければいけなくなり、出産場所、身分・経済的保障、保育園の確保等、持続可能なサポートシステムを構築することがより困難になった。夫婦ともに研修中の身分であれば、それぞれが各地を移動しなければならずさらに困難が伴う。そういった場合現状では、大抵男性医師のキャリアが優先されてきた。今以上に女性医師の能力が発揮出来なくなる。女性医師の活躍を阻害する制度設計である。

3.カリキュラム制が整備されず実害が出ている。妊娠出産・留学など、循環型プログラム制に登録出来ない人のためにカリキュラム制が整備されるはずであった。ところが実際には準備が間に合っておらず、選択肢がないまま、機構はカリキュラム制を選ぶ場合も、いずれかのプログラム制に登録するように勝手にルールを変更した。プログラム制の登録に関しても現場の一存で決められ、機構への相談も放置されている例が出ている(6)。

4.機構に制度の抜本的改善の見通しがない。見切り発車したこの制度、あちこちから問題点を指摘する声が上がっているが、機構は問題対応能力を欠いている。原因のひとつに機構のメンバーの同質性が挙げられる。何度理事の首をすげ替えようが、選ばれるのはいつも同質の「子育てせずに医療に身を捧げてきた年配の男性集団」なので、発想が変らないのである。理事に子育てしながらキャリアを積んできた医師がたった一人もいないというのは絶望的である。かくして現場の声は反映されない。

5.「循環型プログラム制」を強要したために良質の単一研修施設が潰された。何年にもわたり、各地で行なわれてきた研修方式が、大学病院を中心とした「循環型プログラム制」の強制により、無理矢理終了させられた。世界を見渡せば単一施設で継続して医師を育てる方式のほうが一般的であり、「質」の担保のためには短期で施設間を循環する方式が良いとは限らず、むしろ弊害が大きい可能性すらある(7)。多様な選択肢が必要であるが大学教授中心の機構ではそのような意見は通らない。きわめて理不尽である。

さらに進む医師と診療科の偏在

6.医師の偏在と診療科の偏在がさらに進んだ(8)。東京の一極中集が進んだが、機構は「循環型なので最初の登録で東京が多いだけ」と詭弁を弄して事実を認めず(9)、かつ基本的なデータも開示してこなかった。今回寺本新理事長がようやく東京一極集中を認めたが、制度に無理矢理偏在対策を盛り込んでおきながら大失敗した責任は誰も取っていない。すでに地域医療が崩壊に向かっている地域が出ている(10)(11)。
診療科の偏在もさらに進んだ。研修が大変な内科、外科を選択する医師が減った(12)。産科、小児科、内科、外科の医師たちが減ってしまったら医療は成り立たない。これがどうして責任問題に発展しないのか不思議である。

7.基本19領域が検討不十分のまま固定化されてしまった。専門医制度の始まりは厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」である(13)。この報告書が、制度の「憲法」として、しっかり検討されないまま開始された。この在り方検討会の座長だった高久史麿・前日本医学会長は、m3の「18の基本領域は既定路線で、根本から議論する予定はなかったのでしょうか」という質問に「(予定は)なかった。議論しておけば良かった」と答えている(14)。再検討が必要である。

8.サブスペシャリティの検討も遅すぎる。今後は、サブスペシャリティ取得が従来の専門医に相当するが、未だに制度設計が不十分である。6年で医学部を卒業して、2年の研修を受け、そこから専門医の研修に入り、内科であれば3年研修して、そこから循環器内科等に枝分かれしていく。大学に入学してから12年以上拘束されてようやく専門医となる。人生のイベントの多いこの時期、これだけ長い拘束を課すことの検討も不十分だが、制度設計そのものが未完成のまま見切り発車したことの弊害は大きい。

危機的な状況にある日本専門医機構

9.機構の事務局の事務処理能力が絶望的。 一部の理事と事務局長代行しか知らない情報が多すぎた。機構内で情報の共有が出来ていない。機構の理事でさえ実態がわからず、本来なら機構幹部がすべき講演会を“事務局長代行”が講演していた(15)。説明責任を果たしていないのだ。驚いたことに、それについて誰からもどこからもクレームがつかなかったようである。また国からデータベース構築のための予算がついているにもかかわらず、未だ基本的なデータベースが構築されておらず、必要な情報が公表されない。さらに最近、国から得た予算が適正に使われていないという情報さえある(16)。

10.機構のガバナンスは危機的状況にある。今まで書いてきたような多くの深刻な問題に対して、機構は答えていない。2年毎にトップが代わり責任がうやむやとなっている。あまりの出鱈目ぶりにとうとう内部資料が流出した(17)が、内部資料の流出に対して第三者委員会を設置するという。機構のガバナンスの根本的な問題を放置して、内部資料流出の「犯人探し」を始めないか注視する必要がある。

11.機構はすでに学会から独立した中立的な第三者機関ではなくなっている。専門医機構の在り方は、「学会から独立した中立的な第三者機関で認定する新たな仕組みが必要」ということで始まった。ところが、見切り発車したために、日本医師会や学会からお金を借り入れざるを得なくなり、独立性はすっかり消え去った。各所からの意向は無視出来なくなっているのである。

12.当事者能力がないために、とうとう国の管理下へ入ってしまった(18)。 m3の記事から抜粋する。「先の通常国会で成立した改正医師法で、新専門医制度において、国が日本専門医機構等に対し、意見を言う仕組みが新設された。地域医療に重大な影響が及ぶ懸念がある場合など、特に必要があると認めるときなどは、「必要な措置」の実施を要請することができる。その対象は同法上、「医学医術に関する学術団体その他厚生労働省令で定める団体」となっている。省令案では、日本専門医機構だけでなく、基本領域の18学会を加え、計19団体とした。厚労大臣が、同機構を通さず、学会に直接要請ができる枠組みが誕生することになる」
来るべきものが来てしまったというべきか。

13.機構が立ち止まれないのは借金のためである。何故、これほどひどい状況にもかかわらず一旦立ち止まることが出来なのか。図らずも、寺本新理事長がm3のインタビューに答えている(19)。「予算的に十分ではないのです。各学会からの借り入れも、再来年の3月には返済しなければいけません。サブスペシャルティの整備指針ができ、プログラム認定料などの収入が得られれば、少し余裕が出てくると思いますが」
拙速に始めて作ってしまった借金のためにさらに傷口を深くしている。

まとめる。
機構の暴走が行政の管理下に置かれる隙を作り、自滅した。
だが、制度を構築した重鎮たちは、若い医師たちと医療の将来に重い負担を残したまま、この制度を押し進めることが予想される。
「質」のための制度が、大きく変質している。
もう一度言う。この制度は一旦止めた方がいい。
若い医師たちには、自分たちの問題として声を上げ、専門医制度を選択しないと選択肢をお勧めする。
(文=坂根みち子)

参考
(1)Vol.054 「新専門医制度」の平成 30 年度からの開始に反対します
2017年3月9日http://medg.jp/mt/?p=7407
(2)絶望の専門医制度 2017年1月25日http://medg.jp/mt/?p=7259
(3)Vol.148 日本専門医機構は新専門医制度の2018年度開始をごり押しするのか
2017年7月14日http://medg.jp/mt/?p=7704
(4)Vol.164 これから専門医を取ろうとしているドクターへ この制度の問題点を知ろう 2017年8月4日http://medg.jp/mt/?p=7749
(5)真価問われる専門医改革
2018年9月17日 https://www.m3.com/news/iryoishin/629476
(6)医療崩壊を招く専門医制度 ~日本専門医機構の欺瞞 ある女性医師の事例~
2018年5月24日http://medg.jp/mt/?p=8334
(7)Vol.167 新専門医制度の拙速な実施は日本の医療に大きな禍根を残す
進藤克郎2017年8月9日 MRIC  http://medg.jp/mt/?p=7760
(8)2018年1月5日Vol.003 東京一極集中を招いた新専門医制度の弊害 ~医師偏在対策は予想通り大失敗~
2018年2月15日 http://medg.jp/mt/?p=8066
(9)新専門医制度、現時点で医師偏在は助長されていない―日本専門医機構
メディウォッチ 2018年2月13日 HTTPS://WWW.MEDWATCH.JP/?P=18852
(10)Vol.193 「新専門医制度」が地域医療を崩壊に追い込んでいる
仙台厚生病院 遠藤希之2018年9月24日 MRIC http://medg.jp/mt/?p=8596
(11)Vol.142 新専門医制度に関する精神科の問題を岩手県から見た状況
村川泰徳2017年7月6日 MRIC http://medg.jp/mt/?p=7688
(12)Vol.008 なぜ新専門医制度が地域医療を崩壊させるのか
安藤哲朗2018年1月15日 MRIC http://medg.jp/mt/?p=8079
(13)2013年の「専門医の在り方に関する検討会 報告書」
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000300ju.html
(14)新専門医制度、「自由標榜制の制限」が念頭に - 高久史麿・前日本医学会長に聞く
2017年11月1日 https://www.m3.com/news/iryoishin/564238
(15)第36回臨床研修研究会、日本専門医機構事務局長代行が講演
2018年4月22日 https://www.m3.com/news/iryoishin/598898
(16)医薬経済 2018年10月1日 P16-17補助金が消えた日本専門医機構 川口恭
(17)専門医機構の内部資料が流出 日経メディカル 2018年7月10日
https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201807/556913.html
(18)厚労相「専門医機構+18学会に要請」が可能に
2018年9月28日https://www.m3.com/news/iryoishin/632100
(19)真価問われる専門医改革
2018年10月6日 (土) https://www.m3.com/news/iryoishin/629480

医療バナンス学会発行「MRIC」2018年10月15日より転載(http://medg.jp/mt/)

坂根みち子(さかね・みちこ)
坂根Mクリニック院長。筑波大学医学専門学群 筑波大学大学院博士課程卒業。
筑波大学附属病院、筑波記念病院、きぬ医師会病院、茨城西南医療センター病院、筑波学園病院、流山総合病院、総合守谷第一病院、おおたかの森病院などを経て現職。
日本体育協会公認スポーツドクター、認定内科医、循環器専門医

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