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【シリーズ「傑物たちの生と死の真実」第32回】

ビタミンB1を発見した鈴木梅太郎の苦闘!米糠の有効成分は「脚気」を予防する

1950年代後半まで毎年1000人以上の脚気死亡者が

 「ビタミンB1発見」の多難は、さらに続く――。鈴木は、ビタミンB1を発見した1911年10月にオリザニンを発売したが、医学界は頑として受け入れない。8年後の1919(大正8)年、内科医の島薗順次郎がオリザニンを使った脚気の治療成果を初報告。だが、アルコール抽出法ではビタミンB1が微量しか抽出されないため、重症の脚気患者への有効性はまるで望めない。

 オリザニンの純粋単離が成功するのは、販売20年後の1931(昭和6)年。翌1932(昭和7)年、脚気病研究会で栄養学者の香川昇三がオリザニンの「純粋結晶」の特効性を報告する成果を残す。

 しかし、ビタミンB1の苦境は止まない。日中戦争の勃発などによる食糧不足、抽出の困難さ(ビタミンB1の難溶解性)、低純度(ニコチン酸を含む不純性)、抽出コストの高騰、疾患の難治性などが災いしたため、毎年およそ1万〜2万人もの患者が脚気によって落命。その後も1950年代後半まで、毎年1000人以上の脚気死亡者が頻出する。

 つまり、有効性のエビデンスは確立されないまま、脚気医学は混乱を呈する。ただ、1960年代以降に巻き起こった、分子化学、栄養学、ビタミン学、予防医学の劇的なイノベーションは、ビタミンB1の歩みを多彩に塗り替え、脚気治療に絶大なブレークスルーを起こすことにつながる。

肉食中心の偏食や不規則な食生活などで今も脚気予備群が多数

 さて、脚気(beriberi)は、江戸時代に「江戸患い」、戦前は「銃弾よりも多くの命を奪う奇病」、原因不明の「亡国病」と恐れられる。病原菌説、中毒説、米食説などが入り乱れたが、先進の栄養学が脚気はビタミンB1の欠乏症であると解明する。

 脚気を発症すると末梢神経障害を来たし、心拍数が増加するので動悸や下肢のむくみを伴うため、脚気衝心(ビタミンB1欠乏による心不全)を招きやすい。正常なら膝の下を叩くと下肢がピンと跳ね上がる(膝蓋腱反射)が、下肢が反応しなくなる。

 最近、発病者や死亡者は減少したものの、肉食中心の偏食や不規則な食生活などの悪習慣が脚気予備群を作り出している現実は変わらない。

 たとえば、この警告は怖い。「脚気は過去の病ではない。原因不明の心不全、ビタミンB1欠乏かも/イオン飲料多飲で肺高血圧症を起こす幼児も」(日経メディカル:2017年3月6日)。

 高カロリー、高塩分、高脂肪のインスタント食品、スナック菓子、アルコール飲料などは、ビタミンやミネラルの微量栄養素が不足する。その結果、身体がだるい、疲れやすい、食欲不振、倦怠感、足のつり、筋力の低下、焼けるような痛みなどの症状を訴える若者が少なくない。栄養代謝の変化が著しいアルコール依存症の人、甲状腺機能亢進症の人、妊産婦もかかりやすい。

 このように脚気は、ビタミンB1の不足や代謝機能不全によって発症するため、内服薬や点滴によってビタミンB1を補充する治療が主体だ。特にアルコール依存症、妊娠中、偏った栄養状態などの場合はもちろんだが、日頃からビタミンB1を多く含む胚芽精米、玄米、豚肉、レバー、ウナギ、大豆、えんどう豆などの豆類を摂取すれば、発症予防につながる。

 ちなみに、鈴木の出身地・静岡県の「鈴木梅太郎博士顕彰会」は、その業績を讃えて毎年県下の中学・高校生の優れた理科研究論文に「鈴木梅太郎賞」を贈っている。

 108年前の1910年、「米糠の有効成分は脚気を予防する」と直感し、米糠からビタミンB1を発見した鈴木。「独創は学問といわず実業界その他あらゆる面で最高の指針だ。科学や技術は政府当局や一部専門家の私有物でも独占物でもない」という言葉を残している。

 基礎研究と応用研究をコラボし、脚気という喫緊の健康難題の解決に挑んだ鈴木梅太郎。「食は生命なり」の信念を貫徹しつつ、研究者の神髄をビタミンB1の探求に捧げた闘魂と独創の69年だった。
(文=佐藤博)

*参考文献
●「脚気に挑んだ明治の二人の“太郎”」上山明博(『歷史街道 12月号』)
●「ビタミンを最初に見つけた日本人、鈴木梅太郎」 上山明博(『発明立国ニッポンの肖像』)
女子栄養大学

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている

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