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無痛分娩で死亡率は上がらない!厚労省による無痛分娩「緊急提言」の誤解

日本で無痛分娩が普及しない原因は?

 次に日本における無痛分娩の現状について考えてみよう。

 現在日本の無痛分娩はその多くが診療所で行なわれている。これには産科で開業する医師の、いいお産を提供したいという想いや、差別化を図ることで患者数を増やしたいという狙いによるところもあるが、最大の理由は麻酔を担当するスタッフの不足である。

 総合病院では無痛分娩や産科麻酔に専従する麻酔医を取るほどの人がおらず、他業務に従事しながらの仕事となることから「そこまでして無痛をやる価値があるのか」と考えられているのが現状だ。

 また、日本で無痛分娩が普及しない原因として、社会や文化に論拠を求める考えをよく見かける。曰く、「痛みが母性を育む、耐えることが美徳」という考えが日本には行き渡っているのだ、と。

 だがそれは正しいとは言えない。キリスト教においてイヴに与えられた原罪が「産みの苦しみ」である一方で、欧州の高い無痛分娩率を見比べればそれがわかるだろう。むしろ、日本で無痛分娩が普及しない原因は「無痛分娩へのアクセスの悪さ」にある。

 日本では産科麻酔スタッフの不足から、24時間体制で無痛分娩に対応できる病院は少ない。自然、無痛分娩の多くが日を決めて促進剤を用いて行う計画分娩となる。当然、陣痛がきていない状態からの開始となるため分娩まで時間がかかることも多く、より手間がかかり、枠も限られる。

 一方、無痛分娩の普及しているフランスでは国策で麻酔科医の増員が図られているほか、産科の規模に合わせて産科専従の麻酔医の配置が定められており、24時間体制での無痛分娩に備えている。女性は分娩進行中のいつからでも無痛分娩を選択する権利を持っているのだ。

無痛分娩は女性にとっての正統な権利

 今回の緊急提言は、女性の権利ともいうべき無痛分娩の現状を広く認識し、その環境整備を目的としたものではなかったか。

 いや、日本では産科麻酔医の確保は難しいのだから、現状を無視した夢物語とする人もいるかもしれない。しかし、産科麻酔スタッフを増やす方策として、麻酔科医を増やす以外にも幾つかの案が検討されている。例えば産科医に麻酔を行う資格を発行する案だ。当然安全性の確保が第一であることから、資格取得は厳しいものとすべきだろう。また、麻酔導入後の管理を行う助産師・看護師の教育も有用だ。導入と管理を分担できれば、一気に人手不足を改善できる可能性がある。

 こうした案の検討もなく今回の提言をただ批判することは、医療従事者にとってもプラスにはならないのではないか。

 現在の状況は最悪だ。無痛分娩の環境整備、普及を願う緊急提言が一人歩きし、無痛分娩バッシングとその反発へと繋がっている。

 無痛分娩は、お産という不条理を受け入れる女性にとっての正統な権利であり、本来、母児ともに安全で満足いくお産を達成するための有効な手段であるはずだ。無闇な批判に走るのではなく、今こそ無痛分娩普及のための人材確保を議論すべきである。

(文=前田裕斗/神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科後期研修医)

医療ガバナンス学会発行「MRIC」2017年7月21日より転載

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