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【連載「救急医療24時。こんな患者さんがやってきた!」第8回】

「急性アルコール中毒」での搬送が実は…… 意識障害と嘔吐の原因は別にあった!

ERドクターが一瞬感じた違和感

 一段落したERドクターは、急性アルコール中毒の患者の診察を始めた。「わかりますか?」と話しかけても患者の応答はない。完全に酩酊状態である。ただしERドクターは、酩酊状態にしては「痛み刺激」を加えた時の反応が少し鈍いのではないかと感じていた。

 その後、ERドクターは待合に行き、同僚の人たちの話を聞き始めた。同僚たちは不安そうな顔つきでERドクターを見た。

「今日はみなさん、一緒にお酒を飲んでいたのですよね?」
「そうです」
「この人はいつからお酒を飲み始めましたか?」
「夜の8時前からです」
「そうすると、かれこれ3時間余りになりますね」
「そうなりますね」
「この人がこのような酩酊状態になることはよくあるのですか?」
「時々はありますが、こんなにひどいのは初めてです」
「そうですか……」
「先生、急性アル中で死ぬこともあるのでしょう?」
「もちろんあります。ところで、みなさんは、この人とずっと一緒にいましたか?」
「はい? どういうことでしょうか?」
「私が訊きたいのは、みなさんが目を離した隙に転倒して頭を打つようなことはなかったか? ということです」

 同僚のひとりが「それはないと思うのですが……」と言って話を続けた。

「『店のトイレで誰か倒れている』というので行ってみると彼だったのです。その時、いっぱい吐いていました。洋式便器の上に倒れこむような格好でしたので、頭を打ったということはないと思うのですが……。頭に傷もなかったと思うので……」

 さらにERドクターの質問は続く――。

「この人がトイレへ行く前と後では、おかしさが変わりましたか?」
「今日はかなり酔っていましたし、トイレで寝てしまったとばっかり思っていたのです。ただ、起こしても起きないので恐ろしくなって連れてきたのです」
「ということは、トイレに入る前後で状態が変わった可能性があるわけですね?」
「そう言われれば、そうですね」と言って同僚たちは顔を見合わせながらうなずいた。
「わかりました。一応、頭の検査もしておきます。ところで家族には連絡が取れていますか?」
「もうすぐ奥さんが来られると思います」

急性アルコール中毒の裏に隠された意識障害の原因

 ERドクターは、再度、患者の神経学的所見を取り、頭部CTと頭部X線検査の指示を出した。担当ERナースが患者をレントゲン室へ連れて行ってからしばらくすると、内線電話が鳴った。電話を受けたERナースが叫んだ。

「えー、くも膜下出血?」
「やっぱりそうか!」

 ERドクターは急に険しい顔になりレントゲン室へ走って行った。CT画面上の所見は、たしかに、くも膜下出血である。それも外傷によるものではない。

 その時、ERドクターには、この患者の経過がイメージできた。トイレに入る前後に、くも膜下出血を起こし、意識がおかしくなり、多量に吐いたのであろう。この患者は単に急性アルコール中毒による酩酊状態ではなく、本当は昏睡レベルの意識障害だったのだ。

 この患者の「痛み刺激」に対する反応が、酩酊状態にしては少し鈍いと感じていたERドクターの疑問の謎が解けた。その後、この患者は直ぐに脳神経外科に入院となった。

河野寛幸(こうの・ひろゆき)

福岡記念病院救急科部長。一般社団法人・福岡博多トレーニングセンター理事長。
愛媛県生まれ、1986年、愛媛大学医学部医学科卒。日本救急医学会専門医、日本脳神経外科学会専門医、臨床研修指導医。医学部卒業後、最初の約10年間は脳神経外科医、その後の約20年間は救急医(ER型救急医)として勤務し、「ER型救急システム」を構築する。1990年代後半からはBLS・ACLS(心肺停止・呼吸停止・不整脈・急性冠症候群・脳卒中の初期診療)の救急医学教育にも従事。2011年に一般社団法人・福岡博多トレーニングセンターを設立し理事長として現在に至る。主な著書に、『ニッポンER』(海拓舎)、『心肺停止と不整脈』(日経BP)、『ERで役立つ救急症候学』(CBR)などがある。

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