<誰かの無理な労働>で支えられる消費スタイル
折しも、宅配便最大手のヤマトホールディングスでは、巨額の未払い残業代があることが明らかになり、これを会社側が事実上認め、約7万6000人の社員を対象に支給すべき未払い分をすべて支払う方針を固めた。
ヤマト運輸でサービス残業や長時間労働が常態化したのは、特に近年のAmazonに代表される宅配サービスの急増が大きい。朝に注文した商品が夕方に届くシステムの便利さはいうまでもないが、その便利さは運ぶ側の過重労働によって支えられていることを消費者はもっと自覚するべき時にきている。
宅配便サービスに限らず、24時間いつでも商品が手に入るコンビニなど、いまの日本の消費社会は<誰かが無理な労働>を状態化させることによって成り立っている。
そんな超高度消費社会が、もし残業規制がきちんと機能したときにも維持し続けられるのか? あるいは社会の側が、いまのままの便利さを維持しようとすれば、それは結局、残業規制を有名無実化することによってのみ可能になるかもしれない――。
本当に無理のない範囲で働ける社会を実現するためには、夜中に店が閉まったり、宅配便がすぐには届かないことを我々は受け入れるようになるべきなのではないだろうか。
ひょっとしたら、その超高度消費社会を維持するための落としどころが、「100時間」という高い数字だったのかもしれない。その数字の妥当性も含めて、本当にいまの社会のスタイルが正しいのか、改めて検討するべき時期が来ているのは間違いない。
(文=編集部)