ビル5階の高さ14〜15mの大木から転落死か?
カッペルマン教授は、さらに骨の分析を詳しく進めたところ、ルーシーはかなり高い位置から落下したと推定。複数の整形外科医の診断によると、右肩甲骨に見つかった圧迫骨折は、地上に叩きつけられた時に腕を伸ばしていた事実を示しているからだ。
また、厳密に行われた鮮明な3D画像分析によれば、ルーシーの足首、膝、両肩、手首の骨にも見られる多くの亀裂は、いずれも骨折するほどの高い位置から落下した事実を暗示していた。
さらに、ルーシーが発見されたハダール地域の地質、哺乳類や花粉の化石を分析した結果、当時は草木が生い茂った平坦な氾濫原が広がり、動物が誤って落ちれば死に至るほどの高木も少なくなかったと推定された。
ルーシーは推定25〜30歳。身長1.1m、体重29kg、脳容量はチンパンジー並みの400cc未満。小さな脳、骨盤、外反足を持ち、直立二足歩行していた。
研究チームは、チンパンジーの巣作りに関する研究を精査し、ルーシーは獣などの捕食者から身を守るために、夜は地上14〜15mに達する高木の上に巣を作って寝ていたと推測した。ビルの4〜5階の高さに相当する高さから落下すれば、時速60km以上に達するため、死に至る強い衝撃は避けられないはずだ。
しかし、ルーシーの発見者で命名者でもあるドナルド・ジョハンソン教授(アリゾナ州立大学古人類学)は、骨の亀裂は死後に入ったと反論する。ジョハンソン氏は「ルーシーの骨にある亀裂は、ハダール地域で見つかった、ゾウ、サイ、サルなどの動物の化石によく見られる。ルーシーの骨の亀裂も地中に埋まった骨が化石になる途中で、地質的な外力によってできた可能性があるが、正解か不正解かを立証できない」と指摘する。
また、古生物学者のティモシー・ホワイト教授(カリフォルニア大学バークレー校統合生物学)は「カッペルマン教授の研究は他の仮説を全く考慮していない。亀裂が化石になる過程や侵食によってできた可能性も十分にある」と語る。
真偽は分からない。だが、ルーシーのような化石人骨の神秘は、骨のDNA鑑定や火山灰を放射年代測定するアルゴン-アルゴン法などの技術革新によって日々、解き明かされている。
ルーシーは樹上暮らしだったのか? 子どもを育てていたのか? 何を食べていたのか? その澄んだ黒い瞳は、青い空の遥か彼方に人類の未来を夢見ていたのだろうか?
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。