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【シリーズ「血液型による性格診断を信じるバカ」第4回】

馬鹿な信仰〝 血液型性格論〟はこうして形成されてきた~戦後ブームを検証!

学問から離れ「共感トリック」に走った能見

 放送作家だった能見の本の特徴は、芸能人や文化人、政治家、スポーツ選手などとのコネクションを利用して、個人的に血液型データを聞き出し、ちょうどスポーツ新聞か芸能週刊誌のような語り口で、それら有名人の生活ぶりやエピソードを交えて、面白おかしく書き、「何でも、血液型のせい」と思い込ませる点にある。

 美空ひばりや司馬遼太郎や石原慎太郎や王貞治の血液型を挙げ、その性格や運勢を論じているので、読者は自分の血液型がセレブのそれと一致していると知ると、思わず話に乗せられてしまう。これを心理学では「共感トリック」という。

 古川竹二はABO式血液型と気質との相関を本気で信じ、それを証明しようとして自己矛盾に陥り、社会的に批判されて破滅した。その説を甦(よみがえ)らせた能見正比古は、古川の轍を踏まないように、厳密さが要求される学問の分野には立ち入らず、もっぱら面白おかしく血液型と性格、人間の相性の話を本として書きまくった。

 能見はその後も、関連本を出版し、「血液型人間学」を広め、最後まで脳のシナプス回路を「ラジオの電気回路」とのアナロジーでとらえ、ABO式血液型物質が神経回路の特性を決めており、それが「性格」を規定すると主張しつづけた。

 また能見は血液型がB型で「B型は糖尿病につよい」という説を唱えていて、糖尿病を診断され空腹時血糖が240mg/dlもあるのに、自覚症状がないのをよいことに、無治療で放置していた。1981年、講演中に心筋硬塞におそわれ、「心臓破裂」というまれな合併症を起こして急死した。

 しかし、やがて「血液型・性格判定論は差別を生む」という社会的批判が起こり、それに直面して書いた遺著「血液型エッセンス」(廣済堂文庫)が息子の俊賢により1991年に出版された。巻末に「血液型十戒」が掲げてある。その第一条がなんと、「血液型で人の性格を決めつけてはいけない」である。20年以上も「血液型で人を決めつけた」本を売り、多額の印税を稼いだあげくにこの「十戒」だ…。能見本を買って信じた読者はコケにされたわけだ。

難波紘二(なんば・こうじ)

広島大学名誉教授。1941年、広島市生まれ。広島大学医学部大学院博士課程修了。呉共済病院で臨床病理科初代科長として勤務。NIH国際奨学生に選ばれ、米国NIHCancerCenterの病理部に2年間留学し血液病理学を研鑽。広島大学総合科学部教授となり、倫理学、生命倫理学へも研究の幅を広げ、現在、広島大学名誉教授。自宅に「鹿鳴荘病理研究所」を設立。2006年に起こった病気腎移植問題では、容認派として発言し注目される。著書に『歴史のなかの性―性倫理の歴史(改訂版)』(渓水社、1994)、『生と死のおきて 生命倫理の基本問題を考える』(渓水社、2001)、『覚悟としての死生学』(文春新書、2004)、『誰がアレクサンドロスを殺したのか?』(岩波書店、2007)などがある。広島大学総合科学部101冊の本プロジェクト編『大学新入生に薦める101冊の本』(岩波書店、2005)では、編集代表を務めた。

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