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【連載「死の真実が“生”を処方する」第19回】

事故の約1割は運転者の体調変化が原因~クルマにも鉄道と同じ安全システムを

 しかし、このシステムがあっても、万一、運転士が病気などで意識を失っていたら、この警報にも応答できません。

 昭和37年に国鉄常磐線の三河高で列車衝突事故が発生し、多くの命が失われました。これを受けて、昭和41年、列車にATS-S(自動列車停止装置)という保安装置が導入されました。これは前記の警報装置に対して5秒以内に確認扱いをしないと、非常ブレーキが作動する仕組みです。これによって、万一、運転士が急病になって意識を失ったとしても、事故を予防することができるのです。

 さらなる想定として、運転上が警報に対して確認をしたが、その後にブレーキをかけなかった、あるいは、かけ忘れる可能性もあるため、平成元年頃にATS-Pという保安装置が導入されました。これは地上にあるシステムと車両のコンピューターが連動して、停止信号までの距離と走行速度を基に、しっかり車両が停止できるように自動的にブレーキをかけるシステムです。

 これがあれば、たとえ運転上が意識を失っていても、あるいは奇怪な行動をとっても、自動的に車両が停止するので、事故を予防できます。10年前に発生したJR福知山線の事故では、このシステムが当該路線に整備されていなかったことが悔やまれました。

 現在は、高速で走行する新幹線や、山手線を始めとする過密ダイヤの路線では、ATC(自動列車制御装置)が導入されています。これは、常時、列車の位置や速度を把握して、時速何キロメートルで走行するかという指示を与え、また、許容速度を超えた場合には、自動的に列車のブレーキが作動する装置です。

自動車事故の約1割は運転者の体調変化に起囚する

 以上を見ても、列車は、運転士のあらゆる状態を前提とした上で、複数の安全対策が取られていることが分かります。列車には、通称デッドマン装置(正確にはEmergency Brake device)が装備されています。これは、運転士が居眠りや意識を失うことにより、速度を変える、ブレーキをかける、汽笛を鳴らすなどの行為を一定時問行わなかった場合には、警報が鳴り、さらにこれに応答しないと非常ブレーキが作動するシステムです。このようなシステムは、自動車にも比較的容易に適用できる気がします。

 以上の安全対策があるにもかかわらず、健康である上に正常な運転ができると判断された人でなければ、列車の運転に従事することができません。一方で、自動車の運転は、運転者本人の操作能力に任されているのが現状です。したがって、事故が起こりやすいのは当然のことでしょう。

 すべての自動車事故の約1割は、運転者の体調変化に起囚すると考えられています。したがって、まず日頃の健康管理を徹底することで、事故の一部を予防することができます。

 ですが、急に襲ってくる疾病には、なす術がありません。わが国では高齢化とともに、高齢運転者が増加しています。自動車の運転者には、列車の運転士のように定年はありません。高齢になると多くの病気を持つようになりますから、運転者の体詞の急変を想定した予防安全システムを充実させるべきです。列車の安全対策を、早急に自動車にも導入しようではありませんか。


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一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会法医認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999~2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(理事)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)など。

連載「死の真実が"生"を処方する」バックナンバー

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