昭和天皇は、がんを告知されていたか?
作家・保阪正康氏は、自著『安楽死と尊厳死』で、侍医団は昭和天皇に膵臓がんを伝えないまま治療にあたったが、昭和天皇の死は、尊厳死運動に影響を与えたと書いている。
容態の悪化につれて、脈拍や血圧などがマスコミで連日、刻一刻と報道された。昭和天皇は末期がんと闘っている。侍医団は必死に延命処置を続けている。容態は延命装置が辛うじて支えている。そう国民は判断した。
報道が過密になるにつれて世論は動揺する。このような過酷な終末期医療は正しいのか? 無意味な延命処置ではないのか? 昭和天皇に救いの手は差しのべられないのか? 安楽死の道はないのか? 尊厳死をなぜ選べないのか? そんな声が日増しに強まった。侍医団が告知をしなかったことへの率直な疑問も湧いてきた。
保阪氏は「もし昭和天皇に、がんの告知を行なっていたら、天皇がどのような意思表示をしたかは不明である。医学的な処置について何らかの意思を伝えたかもしれないし、それとは別に歴史的、国家的な意思を表明したかもしれない。昭和天皇には語っておきたいことが幾つかあったと推測している。その機会が失われてしまったことが、むしろ問題ではないか」と問いかけている。
ドイツの哲学者、ショーペンハウエルはこう書いた。「真実を人々が真実だと認めるまでに3つの段階を通過する。第一段階では、嘲笑する。第二段階では、激しく反対する。第三段階では、当然のこととして受け入れる」と。
私たちは、尊厳死を受け容れられるのか? 尊厳を失わず死を迎えられないのか? 昭和天皇の崩御は、QOD(Quality of Death=死の質)への問いかけでもある。
佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。