ヒトの染色体は、22対44本の常染色体と、1対2本の性染色体(女性はXX、男性はXY)の合計23対46本で構成されている。染色体のDNA塩基配列を見ると、DNAが直列に繰り返して並んでいる特定領域が多くある。
この遺伝子の特定領域に繰り返し並んでいる10塩基未満のDNAの「反復数」をSTRと呼ぶ。子どもはこの「反復数」を父と母から受け継ぐ。DNAの繰り返しの「反復数」が個人によって異なるので、STRの違いを調べれば、親子関係の特定や個人の識別を行える。つまり、男性にしか受け継がれないDNAのY-STRを調べれば、父から息子へ伝達される父親系統の血縁関係が証明できることになる。
研究チームは、父から息子にだけ伝わるY-STRの固有性に注目した。まず、参加した50人のDNA配列とCEPH(ヒト多型性研究所)のゲノム・データベースの記録を照合したうえで、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)解析装置によって50人のY-STRの有無を詳しく調べた。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)は、DNAの特定領域を10万~100万倍に増幅できるので、微量のサンプルからでもDNA断片が大量に得られる高精度な分析法だ。
次に、研究チームは、過去帳や家系図を扱う国立一般医科学研究所の専門家のサポートを受けつつ、コリエル医学研究所が保管するヒト遺伝子細胞データベースの情報を加味して、50人の身元を突き止めた。個人の素性を明かすのに使ったのは、1台のコンピューター、インターネット、アクセス可能なデータベースだけだ。
研究チームが活用したY-STRの分析法のメリットは何か。それは、低コスト・短時間で客観的な検査数値が入手できることだ。FBI(米国連邦捜査局)は、Y-STRの分析法をCODIS (DNAデータベースシステム)に採用し、犯罪捜査に役立てている。日本の法医鑑識やDNA鑑定にも活用され、4兆7000億人に1人という高い鑑定精度で絞り込めるという。
研究チームのアーリック博士は「今回は、参加者の個人情報は非公開だ。しかし、誰でも使えるデータベースから個人を特定できる状況を改善しなければならない。自分の個人データを知る利益と第3者に簡単に知られるリスクを考え合わせなければならない。そのためには、この研究の成果が、セキュリティのアルゴリズム(問題を解く手順)の改善、ガイドラインの制定や法律の整備につながればと願っている」と話す。